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小見川 道大
本名 小見川 道浩
通称 Micci
吉田道場の狼
吉田道場の荒獅子
柔の餓狼
性別 男性
国籍 日本
誕生日 1975年12月19日(41歳)
出身地 茨城県
身長 168cm
体重 65kg
リーチ 170cm
階級 フェザー級SRCDREAMUFC
ライト級PRIDEUFC
スタイル 柔道、ボクシング
所属 吉田道場
テーマ曲 The Perfect Drug
(ナイン・インチ・ネイルズ)

小見川 道大(おみがわ みちひろ、1975年12月19日 - )は、日本の総合格闘家、元柔道家(元柔道強化指定A選手)。茨城県出身。吉田道場所属。柔道三段。

総合格闘家小見川和隆は実弟。

来歴 編集

小学校1年から柔道を始める。土浦日大高校では、同じ柔道部所属の桜井"マッハ"速人、レスリング部の宮田和幸と同級生であった。国際武道大学時代には野村忠宏中村行成に勝利したこともある[1]。同じ吉田道場所属の中村和裕は、大学の後輩にあたる。大学卒業後は、綜合警備保障で柔道を続けた。1998年2月 ハンガリー国際66kg級優勝、2002年1月 日本国際66kg級優勝、2003年7月 トレトリ国際66kg級優勝などの実績を残した。柔道時代も寝技を得意としていて、2001年にはアマチュア総合格闘技大会JTCに出場し、ベスト8。

2005年5月1日、吉田道場所属になったことを発表。同時にリングネームを小見川道大とした[1]

2005年5月22日、プロデビューとなった「PRIDE 武士道 -其の七-」でアーロン・ライリーと対戦し、1Rに右ハイキックによるKO負けを喫した。

2005年12月3日、Cage Rage初参戦となった「Cage Rage 14」でジェシアス・カバウカンチ(J.Z.カルバン)と対戦し、1Rに右フックによるKO負けを喫した。

2007年9月22日、UFC初参戦となった「UFC 76」でマット・ワイマンと対戦し、0-3の判定負けを喫した。

2008年1月23日、「UFC Fight Night 12」でチアゴ・タバレスと対戦し、0-3の判定負け[2]。UFC2連敗となり、UFCをリリースされた。

2008年8月16日、日本復帰戦となった「GLADIATOR」でジョン・チャンソンと対戦し、0-3の判定負けを喫した[3]

2009年1月18日、これまでの70kg級から65kg級へ階級を下げ、初参戦となった修斗石渡伸太郎と対戦し、0-0の判定ドローとなった。

2009年3月20日、戦極初参戦となった「戦極 ~第七陣~」のフェザー級グランプリ1回戦でL.C.デイヴィスに3-0の判定勝ち。試合後、リング上で「俺が負けると思ったやつら、クソッタレ!」とかつてのエンセン井上を思わせる叫びをあげた[4]。この「クソッタレ」をプリントしたTシャツが発売されるなど小見川の代名詞ともなった[5][6]。5月2日、「戦極 ~第八陣~」のフェザー級グランプリ2回戦でナム・ファンにパウンドによるTKO勝ちを収めた。

2009年8月2日、「戦極 ~第九陣~」のフェザー級グランプリ準決勝でマルロン・サンドロに2-1の判定勝ち、決勝では金原正徳に1-2の判定負けを喫し、準優勝となった。

2009年11月7日、「戦極 ~第十一陣~」のフェザー級チャンピオンシップ挑戦者決定戦で幻の決勝戦の相手であった日沖発と対戦し、ベストバウト賞を受賞する熱戦を繰り広げ2-1の判定勝ち。納得のいく勝ち方ができず、試合後のリング上で「小見川道大、クソッタレ!」と叫んだ[7]

2009年12月31日、「Dynamite!! ~勇気のチカラ2009~」の「DREAM vs SRC 対抗戦」で高谷裕之と対戦し、右ストレートでダウンを奪ったところにパウンドで追撃しTKO勝ちを収めた。

2010年4月25日、「吉田秀彦引退興行 ~ASTRA~」でミカ・ミラーと対戦し、3-0の判定勝ちを収めた。

2010年6月、自身の子供が生まれた。

2010年7月10日、DREAM初参戦となった「DREAM.15」でジョン・ヨンサムと対戦し、フロントチョークで一本勝ち。自身初の一本勝ちとなった。

2010年9月25日、「DREAM.16」でコール・エスコベドと対戦し、アームバーによる一本勝ち。試合後のリング上で「世界のフェザー級の、世界の中心は俺だ」とマイクアピールした[8]

2011年2月5日、3年ぶりのUFC参戦となった「UFC 126」でチャド・メンデスと対戦し、0-3の判定負けを喫した[9]

2011年6月11日、「UFC 131」でダレン・エルキンスと対戦し、0-3の判定負け[10]。判定結果に観客がブーイングしたり、ダナ・ホワイトが不満を表明するなど物議を醸す結果となった。

2011年11月5日、イギリスで開催された「UFC 138」でジェイソン・ヤングと対戦し、3-0の判定勝ち。UFC5戦目での初白星となった[11]

2012年1月14日、敵地・ブラジルで開催された「UFC 142」でユーリ・アルカンタラと対戦し、0-3の判定負けを喫した[12]

戦績 編集

総合格闘技 戦績
25 試合 (T)KO 一本 判定 その他 引き分け 無効試合
13 4 2 7 0 1 0
11 2 0 9 0
勝敗 対戦相手 試合結果 イベント名 開催年月日
× ユーリ・アルカンタラ 5分3R終了 判定0-3 UFC 142: Aldo vs. Mendes 2012年1月14日
ジェイソン・ヤング 5分3R終了 判定3-0 UFC 138: Leben vs. Munoz 2011年11月5日
× ダレン・エルキンス 5分3R終了 判定0-3 UFC 131: Dos Santos vs. Carwin 2011年6月11日
× チャド・メンデス 5分3R終了 判定0-3 UFC 126: Silva vs. Belfort 2011年2月5日
コール・エスコベド 1R 2:30 アームバー DREAM.16 2010年9月25日
ジョン・ヨンサム 1R 7:31 フロントチョーク DREAM.15 2010年7月10日
ミカ・ミラー 5分3R終了 判定3-0 吉田秀彦引退興行 ~ASTRA~ 2010年4月25日
高谷裕之 1R 2:54 TKO(レフェリーストップ:パウンド) Dynamite!! ~勇気のチカラ2009~
【DREAM vs SRC 対抗戦】
2009年12月31日
日沖発 5分3R終了 判定2-1 戦極 ~第十一陣~
【フェザー級チャンピオンシップ挑戦者決定戦】
2009年11月7日
× 金原正徳 5分3R終了 判定1-2 戦極 ~第九陣~
【フェザー級グランプリ2009 決勝】
2009年8月2日
マルロン・サンドロ 5分3R終了 判定2-1 戦極 ~第九陣~
【フェザー級グランプリ2009 準決勝】
2009年8月2日
ナム・ファン 1R 4:52 TKO(レフェリーストップ:パウンド) 戦極 ~第八陣~
【フェザー級グランプリ2009 2回戦】
2009年5月2日
L.C.デイヴィス 5分3R終了 判定3-0 戦極 ~第七陣~
【フェザー級グランプリ2009 1回戦】
2009年3月20日
石渡伸太郎 5分3R終了 判定0-0 修斗伝承5 Road To 20th Anniversary 2009年1月18日
× ジョン・チャンソン 5分2R終了 判定0-3 日韓親善国際格闘技大会 GLADIATOR 2008年8月16日
× チアゴ・タバレス 5分3R終了 判定0-3 UFC Fight Night 12 2008年1月23日
× マット・ワイマン 5分3R終了 判定0-3 UFC 76: Knockout 2007年9月22日
松下直揮 2R 1:17 TKO(レフェリーストップ:バックマウントパンチ) DEEP 29 IMPACT 2007年4月13日
オ・ウォンジン 1R 4:25 TKO(レフェリーストップ:右フック) DEEP 28 IMPACT 2007年2月16日
青木隆明 5分2R終了 判定3-0 club DEEP 東京 2006年12月9日
× 横田一則 5分3R終了 判定0-2 DEEP 26 IMPACT 2006年10月10日
× Barbaro44 5分3R終了 判定0-3 club DEEP 富山 -野蛮人祭り4- 2006年6月18日
ジェイソン・チェンバース 5分3R終了 判定2-1 ICON SPORT: Lawler vs. Niko 2 2006年2月25日
× ジェシアス・カバウカンチ 1R 0:49 KO(右フック) Cage Rage 14: Punishment 2005年12月3日
× アーロン・ライリー 1R 6:00 KO(右ハイキック) PRIDE 武士道 -其の七- 2005年5月22日

脚注 編集

外部リンク 編集

Wikipedia 編集

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