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ヒカルド・アローナ
本名 ヒカルド・ジョゼ・アローナ・デ・アルメイダ
(Ricardo José Arona de Almeida)
通称 ザ・ブラジリアン・タイガー
柔術王子
ブラジリアン・ボルケーノ
非情の寝技王
性別 男性
国籍 ブラジル
誕生日 1978年7月17日(39歳)
出身地 リオデジャネイロ州ニテロイ
身長 180cm
体重 93kg
リーチ
階級 ミドル級PRIDE
スタイル ブラジリアン柔術
所属 ブラジリアン・トップチーム
テーマ曲 Guerreiro(Abdullah)

ヒカルド・アローナRicardo Arona1978年7月17日 - )は、ブラジルのブラジリアン柔術家、総合格闘家。リオデジャネイロ州ニテロイ出身。ブラジリアン・トップチーム所属。

アブダビコンバット99kg未満級連覇、無差別級優勝の肩書をもつ天才柔術家。ブラジリアン柔術を基本のスタイルとするが、空手と柔道の経験も持ち、「弾丸タックル」との異名を持つ高速タックルと、アブダビコンバットで2連覇をもたらした寝技を得意とする。柔術出身ながらスタンドの打撃にも非凡なものを持っている。

獲得タイトル 編集

  • リングスミドル級王座決定トーナメント 優勝(2001年)
  • 初代リングスミドル級王座(2001年)
  • PRIDE ミドル級GP 2005 準優勝
  • 第3回 アブダビコンバット 99kg未満級 優勝(2000年)
  • 第4回 アブダビコンバット 99kg未満級 優勝(2連覇)、無差別級 優勝(2001年)
  • ブラジリアン柔術世界選手権(ムンジアル) 黒帯ペサード(-91kg)級 準優勝(2000年)

来歴 編集

1983年、当時5歳の時から空手を始め、1年で緑帯を獲得した。13歳の時、アラルアマへ引っ越すと共に空手を辞めるが、アラルアマの自然の中でトレーニングを行ない、さらに柔道の道場に入門する。その後再び戻ったニテロイで柔術対ルタ・リーブリの試合を観戦したことにより柔術家を志すようになった。

1997年にカーウソン・グレイシー・アカデミーに入門。その後ブラジルの紫帯、茶帯の世界王者となりカーウソン・チームの代表として注目され始める。

2000年アブダビコンバット(以下ADCCと表記)のトライアルに出場。アマウリ・ビデッチを倒しトライアルを優勝、続くADCCブラジル予選でも優勝し、ADCC2000本戦の出場権を手にする。3月の99kg未満級本戦では、1回戦で金原弘光、2回戦でカリーム・バルカレフ、準決勝でティト・オーティズ、決勝でジェフ・モンソンとすべて判定勝ちを収め、優勝を果たした。同大会のMVPを獲得し、天才児として一躍有名になる。そして翌年のADCC2001では99kg未満級で再び優勝、2連覇を達成。さらに無差別級をも制した。

ADCCでの活躍により、日本の総合格闘技イベントリングスからオファーを受け、2000年4月20日にリングス初参戦。アンドレイ・コピィロフに3-0の判定勝ちを収めた。続く8月23日、ジェレミー・ホーンに2-1の判定勝ち。そして12月22日、KOK 2000予選ブロックでエメリヤーエンコ・ヒョードルと対戦。アローナは何度もマウントポジションを取ったが極めきれず、延長の末に0-3の判定負けを喫した。

2001年のリングスミドル級王座決定トーナメントを制し、初代リングスミドル級王者となった。

2001年9月22日、リングスへの参戦とタイトル防衛戦の意志が見られないこと、PRIDEへの参戦に関して本人とマネージャーからリングスに一切報告がなかったことを理由に、王座を剥奪された。

2001年9月24日、PRIDE初参戦となった「PRIDE.16」でガイ・メッツァーに2-1の判定勝ち、「PRIDE.20」でもダン・ヘンダーソンに2-1の判定勝ち、「PRIDE.23」でもムリーロ・ニンジャに3-0の判定勝ちを収めた。

2003年8月10日、「PRIDE GRANDPRIX 2003 開幕戦」でクイントン・"ランペイジ"・ジャクソンと対戦予定であったが、8月になってから負傷(右足関節後果骨折・外側靱帯損傷)し、欠場となった。

2004年6月20日、1年半ぶりの復帰戦となった「PRIDE GRANDPRIX 2004 2nd ROUND」でクイントン・"ランペイジ"・ジャクソンと対戦。三角絞めを極めようとしたところをパワーボムでマットに叩きつけられてKO負けを喫した(ただし、叩きつけられた際に不慮のヘッドバットが入った可能性もある)。

2005年4月23日の「PRIDE GRANDPRIX 2005 開幕戦」にてディーン・リスターに3-0で判定勝ちすると、6月26日の「PRIDE GRANDPRIX 2005 2nd ROUND」では桜庭和志にグラウンドで顔面に20発以上の膝蹴りを見舞い、タオル投入によりTKO勝ち。この戦いで桜庭の顔面を変形、血まみれにさせるなどして衝撃的な勝利を挙げたことにより、アローナはヒールなキャラクターとして一躍有名になる。

2005年8月28日、「PRIDE GRANDPRIX 2005 決勝戦」の準決勝では、因縁のあったヴァンダレイ・シウバに3-0の判定勝ち。PRIDEミドル級の選手として初めてシウバに黒星をつけた。しかし、決勝でシウバの弟分であるマウリシオ・ショーグンにKO負けし、準優勝となった。

2005年12月31日、「PRIDE 男祭り 2005」で、PRIDEミドル級タイトルをかけてヴァンダレイ・シウバと再戦。1-2の判定負け。アローナはこの判定結果に対して不満を口にした。

2006年9月10日、「PRIDE 無差別級グランプリ 2006 決勝戦」において9か月ぶりにPRIDE復帰。アリスター・オーフレイムをローキックや鉄槌で押しまくり、1R4分28秒でタップを奪った。

2007年4月8日、「PRIDE.34」にてソクジュと対戦し、1R右アッパーでKO負け。この試合の数日後のインタビューで、アローナは自身が試合前にデング熱に感染していたと告白。それに伴い5月6日にADCCで対戦予定だったホジャー・グレイシーとのスーパーファイトも欠場した。

2007年12月31日に行なわれた「やれんのか! 大晦日! 2007」の参戦予定選手に名前が挙げられていたが[1]、結局参戦は実現しなかった。

PRIDE消滅後に他の格闘技団体での試合を行なわずに、自らのMMAジム設立に専心。

2009年9月12日、ブラジルで開催された「Bitetti Combat 4」でおよそ2年半ぶりに復帰し、マーヴィン・イーストマンに3-0の判定勝ちを収めた。

人物 編集

トラに対して畏敬の念をもち、自身の右半身にトラのタトゥーを彫りこんでいる。インタビューで「自分の身体にはトラが宿っている」「トラの心理に近づきたい」と語っており、「ザ・ブラジリアン・タイガー」の異名を持つ。また、端正なルックスから「柔術王子」とのあだ名がある。

PRIDEでの桜庭戦における煽りVの中で、桜庭がアローナについて「試合がつまらない」と述べた。これに対しアローナは「面白い試合なんかする必要は無いんだ。試合は生きるか死ぬか、それだけだ」と語っていた。

戦績 編集

総合格闘技 戦績
19 試合 (T)KO 一本 判定 その他 引き分け 無効試合
14 2 3 9 0 0 0
5 3 0 2 0
勝敗 対戦相手 試合結果 イベント名 開催年月日
マーヴィン・イーストマン 5分3R終了 判定3-0 Bitetti Combat 4 2009年9月12日
× ソクジュ 1R 1:59 KO(右アッパー) PRIDE.34 2007年4月8日
アリスター・オーフレイム 1R 4:28 タップアウト(パウンド) PRIDE 無差別級グランプリ 2006 決勝戦 2006年9月10日
× ヴァンダレイ・シウバ 3R(10分/5分/5分)終了 判定1-2 PRIDE 男祭り 2005 頂-ITADAKI-
【PRIDEミドル級タイトルマッチ】
2005年12月31日
× マウリシオ・ショーグン 1R 2:53 KO(パウンド) PRIDE GRANDPRIX 2005 決勝戦
【ミドル級GP 決勝】
2005年8月28日
ヴァンダレイ・シウバ 2R(10分/5分)終了 判定3-0 PRIDE GRANDPRIX 2005 決勝戦
【ミドル級GP 準決勝】
2005年8月28日
桜庭和志 2R終了時 TKO(タオル投入) PRIDE GRANDPRIX 2005 2nd ROUND
【ミドル級GP 準々決勝】
2005年6月26日
ディーン・リスター 3R(10分/5分/5分)終了 判定3-0 PRIDE GRANDPRIX 2005 開幕戦
【ミドル級GP 1回戦】
2005年4月23日
セルゲイ・イグナチェフ 1R 8:37 チョークスリーパー PRIDE.28 2004年10月31日
× クイントン・"ランペイジ"・ジャクソン 1R 7:32 KO(パワーボム) PRIDE GRANDPRIX 2004 2nd ROUND
【ミドル級ワンマッチ】
2004年6月20日
ムリーロ・ニンジャ 3R(10分/5分/5分)終了 判定3-0 PRIDE.23 2002年11月24日
ダン・ヘンダーソン 3R(10分/5分/5分)終了 判定2-1 PRIDE.20 2002年4月28日
ガイ・メッツァー 3R(10分/5分/5分)終了 判定2-1 PRIDE.16 2001年9月24日
グスタボ・シム 1R 1:29 TKO(パンチ) リングス WORLD TITLE SERIES ~旗揚げ10周年記念特別興行~
【ミドル級王座決定トーナメント 決勝】
2001年8月11日
ジェレミー・ホーン 5分2R終了 判定2-0 リングス WORLD TITLE SERIES ~旗揚げ10周年記念特別興行~
【ミドル級王座決定トーナメント 準決勝】
2001年8月11日
金原弘光 2R 0:53 膝十字固め リングス WORLD TITLE SERIES
【ミドル級王座決定トーナメント 1回戦】
2001年6月15日
× エメリヤーエンコ・ヒョードル 5分2R+延長R終了 判定0-3 リングス KOK 2000 Bブロック
【1回戦】
2000年12月22日
ジェレミー・ホーン 2R(10分/5分)終了 判定2-1 リングス MILLENNIUM COMBINE III 2000年8月23日
アンドレイ・コピィロフ 2R(10分/5分)終了 判定3-0 リングス MILLENNIUM COMBINE 2000年4月20日

脚注 編集

外部リンク 編集

Wikipedia 編集

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