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セルゲイ・ハリトーノフ
本名 セルゲイ・ハリトーノフ
通称 ロシア軍最強兵士
ロシア軍最強の男
死神落下傘
性別 男性
国籍 ロシア
誕生日 1980年8月18日(36歳)
出身地 アルハンゲリスク
身長 193cm
体重 115kg
リーチ
階級 ヘビー級
スタイル コマンドサンボ
ボクシング
所属 ロシアン・トップチーム
ゴールデン・グローリー

セルゲイ・ハリトーノフSergey Kharitonov1980年8月18日 - )は、ロシアの総合格闘家。アルハンゲリスク出身。ゴールデン・グローリー所属。

プロになった現在も、ロシア軍・第106親衛空挺師団(パラシュート部隊)に所属する現役軍人である。入場時も空挺師団の軍服を着用する。リャザン高等空挺指揮学校(士官学校)卒業。

バックボーンはコマンドサンボ、ボクシング。特にボクシングの技術は、ミルコ・クロコップをして「相当高い」と言わしめるほどで、ボディブローの威力は抜群。『PRIDE GP 2004』で対戦したアントニオ・ホドリゴ・ノゲイラは試合後「あんな強烈なボディブローは受けたことがない」と絶賛した。また、プロ入り前にロシアのアマチュアボクシング・ナショナル大会で準優勝した経験を持ち、オリンピック代表チームに名前が入っていたことがある[1]

来歴 編集

モスクワの小さな総合格闘技大会に出た際、ヴォルク・ハンにスカウトされ、リングス・ロシア(ロシアン・トップチーム)入り。エメリヤーエンコ・ヒョードルがレッドデビルに移籍した後は、ロシアン・トップチームのエースとして活躍した。

2003年10月5日、PRIDE初参戦となった「PRIDE 武士道」でジェイソン・信長(ジェイソン・サティー)と対戦し、腕ひしぎ十字固めで一本勝ちを収めた。

2004年2月1日、「PRIDE.27」でプロレスラーのLA・ジャイアントと対戦し、腕ひしぎ十字固めで一本勝ちを収めた。

2004年4月25日、「PRIDE GRANDPRIX 2004 開幕戦」のヘビー級グランプリ1回戦でムリーロ・ニンジャと対戦し、KO勝ちを収めた。

2004年6月20日、「PRIDE GRANDPRIX 2004 2nd ROUND」のヘビー級GP2回戦でセーム・シュルトと対戦。マウントを奪ったハリトーノフは、脚を使ってさらにシュルトの動きを封じ、マウントパンチと鉄槌打ちによるTKO勝ちを収めた。シュルトの目が腫れ上がり出血もひどかった。シュルトは試合後、「怖かった。手も足も出なかった」と語った。

2004年8月15日、「PRIDE GRANDPRIX 2004 決勝戦」のヘビー級グランプリ準決勝ではアントニオ・ホドリゴ・ノゲイラと対戦し、0-3の判定負けを喫した。

2005年2月20日、「PRIDE.29」でチェ・ムベと対戦し、パンチの連打でKO勝ちを収めた。

2005年6月26日、「PRIDE GRANDPRIX 2005 2nd ROUND」でペドロ・ヒーゾと対戦し、膝蹴りでダウンを奪い、追撃のサッカーボールキックとパウンドでTKO勝ちを収めた。

2005年8月20日、リングス・ロシアの重鎮であるニコライ・ズーエフが立ち上げたリングス・エカテリンブルクの旗揚げ戦に参戦。フランスのピーター・ムルダーに腕ひしぎ十字固めで一本勝ちを収めた。

2005年10月23日、「PRIDE.30」でファブリシオ・ヴェウドゥムと対戦し、2-1の判定勝ちを収めた。

2006年2月26日、「PRIDE.31」でアリスター・オーフレイムと対戦。試合開始直後にテイクダウンされた際に肩を脱臼し、サイドポジションからの膝蹴りの連打で自身初のTKO負けを喫した。

2006年9月10日、PRIDE 無差別級グランプリ 2006 決勝戦において、かつての同門であるエメリヤーエンコ・アレキサンダーと対戦。スタンドでダウンを奪われた後、パウンドでTKO負けを喫し、2006年に入ってから2連敗となった。

2007年2月24日、「PRIDE.33」でマイク・ルソーと対戦し、腕ひしぎ十字固めで一本勝ちを収めた。

2007年、ロシアン・トップチームを離れ、ゴールデン・グローリーに加入。移籍とともにHERO'Sへの参戦を表明。

2007年9月17日のHERO'Sで、かつてPRIDEのリングで敗れているアリスター・オーフレイムと再戦、パンチによるTKOで勝利しリベンジを果たした。試合後、かつて所属していたロシアン・トップチームの同門であるエメリヤーエンコ・ヒョードルとの対戦を希望した。なお、この試合のみゴールデン・グローリーではなく、クラブ・ヴォルク・ハンの所属となっていた(その後の試合ではゴールデン・グローリー所属)。

2008年9月23日、「DREAM.6」でジミー・アンブリッツと対戦し、パンチによりタップアウト勝ち(DREAMの記録はKO勝ち)を収めた。

2009年4月5日、「DREAM.8」でジェフ・モンソンと対戦し、ノースサウスチョークで一本負けを喫した。

2009年12月5日、K-1ルール初参戦となった「K-1 WORLD GP 2009 FINAL」のリザーブファイトでダニエル・ギタと対戦し、右ローキックでKO負け。この試合はハリッド"ディ・ファウスト"の怪我による欠場で緊急参戦となった[2]

2010年10月2日、「K-1 WORLD GP 2010 IN SEOUL FINAL16」のスーパーファイトで佐藤匠と対戦し、1RKO勝ち。K-1ルールでの初勝利となった[3]

2010年12月31日、「Dynamite!! ~勇気のチカラ2010~」で水野竜也と対戦し、右膝蹴りでダウンを奪ったところにパウンドで追撃しKO勝ちを収めた[4]

2011年2月12日、Strikeforce初参戦となった「Strikeforce: Fedor vs. Silva」のStrikeforce World Grand Prix 1回戦でアンドレイ・アルロフスキーと対戦し、右フックでダウンを奪ったところにパウンドで追撃し、KO勝ちを収めた[5]

2011年9月10日、「Strikeforce: Barnett vs. Kharitonov」のStrikeforce World Grand Prix 準決勝でジョシュ・バーネットと対戦し、肩固めによる一本負けを喫した[6]

戦績 編集

総合格闘技 戦績
23 試合 (T)KO 一本 判定 その他 引き分け 無効試合
18 10 7 1 0 0 0
5 2 2 1 0
勝敗 対戦相手 試合結果 イベント名 開催年月日
× ジョシュ・バーネット 1R 4:28 肩固め Strikeforce: Barnett vs. Kharitonov
【Strikeforce World Grand Prix 準決勝】
2011年9月10日
アンドレイ・アルロフスキー 1R 2:49 KO(右フック→パウンド) Strikeforce: Fedor vs. Silva
【Strikeforce World Grand Prix 1回戦】
2011年2月12日
水野竜也 1R 1:25 TKO(右膝蹴り→パウンド) Dynamite!! ~勇気のチカラ2010~ 2010年12月31日
× ジェフ・モンソン 1R 1:42 ノースサウスチョーク DREAM.8 ウェルター級グランプリ2009 開幕戦 2009年4月5日
ジミー・アンブリッツ 1R 2:15 KO(パンチ) DREAM.6 ミドル級グランプリ2008 決勝戦 2008年9月23日
アリスター・オーフレイム 1R 4:21 TKO(パンチ) HERO'S 2007 ~ミドル級世界王者決定トーナメント決勝戦~ 2007年9月17日
マイク・ルソー 1R 3:46 腕ひしぎ十字固め PRIDE.33 The Second Coming 2007年2月24日
× エメリヤーエンコ・アレキサンダー 1R 6:45 TKO(グラウンドパンチ) PRIDE 無差別級グランプリ 2006 決勝戦
【無差別級GP リザーブマッチ】
2006年9月10日
× アリスター・オーフレイム 1R 5:13 TKO(グラウンドでの膝蹴り) PRIDE.31 Dreamers 2006年2月26日
ファブリシオ・ヴェウドゥム 3R(10分/5分/5分)終了 判定2-1 PRIDE.30 STARTING OVER 2005年10月23日
ピーター・ムルダー 1R 腕ひしぎ十字固め リングス・エカテリンブルク 2005年8月20日
ペドロ・ヒーゾ 1R 2:02 TKO(パウンド) PRIDE GRANDPRIX 2005 2nd ROUND 2005年6月26日
チェ・ムベ 1R 3:24 KO(右アッパー) PRIDE.29 SURVIVAL 2005年2月20日
× アントニオ・ホドリゴ・ノゲイラ 2R(10分/5分)終了 判定0-3 PRIDE GRANDPRIX 2004 決勝戦
【ヘビー級GP 準決勝】
2004年8月15日
セーム・シュルト 1R 9:19 TKO(パウンド) PRIDE GRANDPRIX 2004 2nd ROUND
【ヘビー級GP 準々決勝】
2004年6月20日
ムリーロ・ニンジャ 1R 4:14 KO(左フック) PRIDE GRANDPRIX 2004 開幕戦
【ヘビー級GP 1回戦】
2004年4月25日
LA・ジャイアント 1R 1:23 腕ひしぎ十字固め PRIDE.27 TRIUMPHAL RETURN 2004年2月1日
ジェイソン・信長 1R 2:25 腕ひしぎ十字固め PRIDE 武士道
【武士道挑戦試合】
2003年10月5日
ダヴィド・シュヴェリーゼ 1R 1:00 ギブアップ Tournament of Real Men 8 2003年2月20日
オズマンリ・ヴァガボフ 1R 0:47 ギブアップ Tournament of Real Men 8 2003年2月20日
ローマン・サヴォチカ 1R 3:11 TKO(負傷) Yalta's Brilliant 2000 2000年8月11日
ヴィアシェスラフ・コレスニク 1R 1:26 TKO Yalta's Brilliant 2000 2000年8月11日
ザミール・シルガバイェフ 1R 2:43 ギブアップ(打撃) Yalta's Brilliant 2000 2000年8月11日

戦績 編集

キックボクシング 戦績
3試合 (T)KO 判定 その他 引き分け 無効試合
11 0 0 0 0
22 0 0
勝敗 対戦相手 試合結果 イベント名 開催年月日
× シング・心・ジャディブ 1R 2:58 KO(右フック) K-1 WORLD GP 2010 FINAL
【スーパーファイト】
2010年12月11日
佐藤匠 1R 2:30 KO(右フック→左膝蹴り) K-1 WORLD GP 2010 IN SEOUL FINAL16 2010年10月2日
× ダニエル・ギタ 3R 0:36 KO(右ローキック) K-1 WORLD GP 2009 FINAL
【リザーブファイト】
2009年12月5日

人物 編集

  • 父親がボクシングのトレーナーで、幼少の頃から軽い手ほどきを受けていた。母親はバレーボールのトレーナー。
  • 秘密主義者で、自分の練習内容や作戦を絶対に明かそうとしない。口癖は「シークレットだ」「それは次の試合で明らかになる」「私が作戦を全て明かすのは、引退して年金生活者になった時だ」。

脚注 編集

外部リンク 編集

Wikipedia 編集

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