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ジェンス・パルヴァー
本名 ジェンス・ジョニー・パルヴァー
(Jens Johnnie Pulver)
通称 パルバライザー
ガトリングラッシュ
リル・イーヴル(Lil Evil)
性別 男性
国籍 アメリカ合衆国
誕生日 1974年12月6日(42歳)
出身地 ワシントン州サニーサイド
身長 170cm
体重 66kg
リーチ
階級 ライト級フェザー級
スタイル レスリングボクシング
所属 ミレティッチ・マーシャルアーツ・センター
→不詳
テーマ曲 Lil Evil(オリジナル)

ジェンス・パルヴァーJens Pulver1974年12月6日 - )は、アメリカ合衆国総合格闘家ワシントン州サニーサイド出身。

レスリング出身でありながらボクシングを主武器とし、徹底的な打撃の連打で対戦相手を粉砕することからパルバライザー(粉砕機)の異名を持つ。また、プロボクシングやキックボクシングの試合もこなしている。

獲得タイトル 編集

  • 初代UFC世界ライト級(旧バンタム級)王座(2001年、2度防衛)

来歴 編集

当初はミレティッチ・マーシャルアーツ・センターにてパット・ミレティッチに師事した。

UFC 編集

2001年2月23日、「UFC 30」で行なわれた初代UFC世界ライト級(旧バンタム級)王者決定戦で宇野薫と対戦。2-0の判定勝ちを収め、初代UFC世界ライト級王者となった。

2001年9月28日、「UFC 33」でデニス・ホールマンとタイトルマッチを行ない、3-0の判定勝ち。1度目の王座防衛に成功した。

2002年1月11日、「UFC 35」でBJペンとタイトルマッチを行ない、2-0の判定勝ち。2度目の王座防衛に成功するが、3月にUFCライト級王座を返上しUFCを離れた。その後、2006年に自身が復帰するまでUFCではライト級王座戦が行なわれることはなかった。

UFC離脱後 編集

2002年8月8日、UFO LEGENDに参戦し、村浜武洋に僅差の判定勝ちを収めた。

2004年3月22日、修斗に参戦し、植松直哉からKO勝ち。7月8日、修斗ハワイ大会「Soljah Fight Night」にてステファン・パーリングと対戦し、TKO勝ち。

2004年9月19日、シュートボクシングのトーナメント「S-cup 2004」に参戦。1回戦で代常亮(ダイ・ジョウアン)に左ボディブローでTKO勝ちを収めた。しかし試合後、ステファン・パーリング戦などで痛めていた右後十字靭帯が悪化し、準決勝を棄権。

PRIDE 編集

2004年12月31日、PRIDE初参戦となった「PRIDE 男祭り 2004」で五味隆典と対戦するもKO負けを喫した。

2005年5月22日、「PRIDE 武士道 -其の七-」ではTAISHOにKO勝ち。9月25日の『PRIDE 武士道 -其の九-』ではPRIDEライト級GPに参戦。1回戦で桜井"マッハ"速人にKO負けを喫した。

2006年4月2日、「PRIDE 武士道 -其の拾-」ではアライケンジにKO勝ちを収めた。

UFC復帰 編集

2006年9月23日、UFC復帰戦となった「UFC 63」にて、ジョー・ローゾンにTKO負けを喫した。

The Ultimate Fighter 5のコーチを務め、2007年6月23日のフィナーレでは同じくコーチを務めたBJペンと対戦し、チョークスリーパーで一本負け。試合後、階級を1つ下のフェザー級に落とし、同じズッファ社が運営するイベントWECに参戦することをファンに告げたが[1]、出場予定だった2007年9月5日のWEC 30については、かねてから痛めていた膝の症状の悪化により、出場をキャンセルした。

WEC 編集

2007年12月12日、フェザー級転向初戦となる「WEC 31」でカブ・スワンソンと対戦し、ギロチンチョークで一本勝ち。続いて2008年6月1日、「WEC 34」でユライア・フェイバーの持つWEC世界フェザー級王座に挑戦したが、判定0-3で敗れ王座獲得には至らず、キャリア初の判定負けとなった。続く11月5日の「WEC 36」ではレオナルド・ガルシアにTKO負けを喫した。

2009年1月25日、「WEC 38」でユライア・フェイバーと再戦し、ギロチンチョークによる一本負けを喫した。

2009年6月7日、「WEC 41」でジョシュ・グリスピと対戦し、開始33秒ギロチンチョークで一本負け。4連敗となった。試合後のマイクでは「ここサクラメントでキャリアを始めた。ここでキャリアの終わりにしたい」「ここで終わるとは言い切れないが」と発言した。

2010年3月6日、「WEC 47」でハビエル・バスケスに腕ひしぎ十字固めで敗れ、5連敗となった。試合後に引退を示唆した[2]

2010年8月14日、「PWP: War on the Mainland」でディエゴ・ガリーホと対戦し、ギロチンチョークで一本負けを喫し、6連敗となった[3]

2011年1月22日、「XFO 38」でマイク・リンドクィストと対戦し、チョークスリーパーで一本勝ち。3年1か月ぶりの勝利となった。

戦績 編集

総合格闘技 編集

総合格闘技 戦績
41 試合 (T)KO 一本 判定 その他 引き分け 無効試合
25 14 4 7 0 1 0
15 6 8 1 0
勝敗 対戦相手 試合結果 イベント名 開催年月日
コティ・ウィーラー 2R 1:59 TKO(パンチ連打) MMA Fight Pit - Genesis 2011年8月13日
× ブライアン・デビッドソン 1R 4:04 チョークスリーパー Titan Fighting Championship 18 2011年5月27日
ウェイド・チョート 5分3R終了 判定2-1 Chicago Cagefighting Championship 2011年3月5日
マイク・リンドクィスト 1R 0:49 チョークスリーパー Xtreme Fighting Organization 38 2011年1月22日
× ディエゴ・ガリーホ 1R 1:08 フロントチョーク PWP: War on the Mainland 2010年8月14日
× ハビエル・バスケス 1R 3:41 腕ひしぎ十字固め WEC 47: Bowles vs. Cruz 2010年3月6日
× ジョシュ・グリスピ 1R 0:33 ギロチンチョーク WEC 41: Brown vs. Faber 2 2009年6月7日
× ユライア・フェイバー 1R 1:34 ギロチンチョーク WEC 38: Varner vs. Cerrone 2009年1月25日
× レオナルド・ガルシア 1R 1:12 TKO(スタンドの打撃) WEC 36: Faber vs. Brown 2008年11月5日
× ユライア・フェイバー 5分5R終了 判定0-3 WEC 34: Faber vs. Pulver
【WEC世界フェザー級タイトルマッチ】
2008年6月1日
カブ・スワンソン 1R 0:35 ギロチンチョーク WEC 31: Faber vs. Curran 2007年12月12日
× BJペン 2R 3:12 チョークスリーパー The Ultimate Fighter 5 Finale 2007年6月23日
× ジョー・ローゾン 1R 0:48 TKO(左フック→パウンド) UFC 63: Hughes vs. Penn 2006年9月23日
コール・エスコベド 1R 0:56 KO(左フック) IFL: Legends Championship 2006 2006年4月29日
アライケンジ 1R 3:59 KO(サッカーボールキック) PRIDE 武士道 -其の拾- 2006年4月2日
× 桜井"マッハ"速人 1R 8:56 KO(パウンド) PRIDE 武士道 -其の九-
【ライト級GP 1回戦】
2005年9月25日
TAISHO 1R 1:00 KO(左フック) PRIDE 武士道 -其の七- 2005年5月22日
× 五味隆典 1R 6:21 KO(左アッパー) PRIDE 男祭り 2004 -SADAME- 2004年12月31日
ステファン・パーリング 3R 1:47 TKO(パンチ連打) Shooto Hawaii: Soljah Fight Night 2004年7月9日
植松直哉 1R 2:09 KO(左フック) 修斗 2004年3月22日
リチャード・ヘス 1R 2:14 フロントチョーク IFC - Battleground Boise 2003年10月25日
ジョー・ジョーダン 2R 3:12 KO(パンチ) Extreme Challenge 52 2003年8月15日
× ジェイソン・マックスウェル 1R 4:54 TKO(パンチ) HOOKnSHOOT - Absolute Fighting Championships 3 2003年5月24日
× ドゥエイン・ラドウィック 1R 1:13 KO(パンチ) Universal Combat Challenge 12 2003年1月25日
村浜武洋 5分3R終了 判定2-1 UFO LEGEND 2002年8月8日
ロバート・エマーソン 5分3R終了 判定3-0 Ultimate Wrestling 2002年6月29日
BJペン 5分5R終了 判定2-0 UFC 35: Throwdown
【UFC世界ライト級タイトルマッチ】
2002年1月11日
デニス・ホールマン 5分5R終了 判定3-0 UFC 33: Victory in Vegas
【UFC世界ライト級タイトルマッチ】
2001年9月28日
宇野薫 5分5R終了 判定2-0 UFC 30: Battle on the Boardwalk
【UFC世界ライト級王者決定戦】
2001年2月23日
ジョン・ルイス 1R 0:15 KO(左フック) UFC 28: High Stakes 2000年11月17日
デイブ・グライズ KO Gladiators 10 2000年10月14日
× ディン・トーマス 2R 0:33 ヒールホールド World Extreme Fighting - New Blood Conflict 2000年8月26日
ジョン・ホーキ 5分3R終了 判定3-0 UFC 26: Ultimate Field Of Dreams 2000年6月9日
エリック・ヒブラー 1R 1:54 KO(打撃) World Extreme Fighting 9 - World Class 2000年5月13日
デビッド・ヴェラスケス 2R 2:41 TKO(パンチ) UFC 24: First Defense 2000年3月10日
フィル・ジョーンズ 1R 0:33 KO(右フック) World Extreme Fighting 8 - Goin' Platinum 2000年1月15日
アルフィ・アルカレズ 5分2R終了 判定1-0 UFC 22: Only One Can be Champion 1999年9月24日
ジョー・スティーブンソン 1R 0:38 KO(パンチ) Bas Rutten Invitational 3 1999年6月1日
レイ・モラエス 1R 0:51 フロントチョーク Bas Rutten Invitational 3 1999年6月1日
× デビッド・ハリス 1R 11:57 トウホールド Bas Rutten Invitational 2 1999年4月24日
カーティス・ヒル 1R 3:00 TKO(タオル投入) Bas Rutten Invitational 2 1999年4月24日

キックボクシング 編集

勝敗 対戦相手 試合結果 イベント名 開催年月日
代常亮(ダイ・ジョウアン) 1R 2:37 TKO(左ボディブロー) SHOOT BOXING WORLD TOURNAMENT S-cup 2004【1回戦】 2004年9月19日

プロボクシング 編集

4戦4勝3KO

人物 編集

  • 寝技も打撃も技術が高く、穴の無いオールラウンドな戦いができる選手である。
  • ミレティッチ・マーシャルアーツ・センターに所属していた頃に同門だったマット・ヒューズが出版した自伝「Made in America」にて、パルヴァーの性格や武勇伝が書かれている。
  • 幼少期、父親から家庭内暴力を受けていたことを告白し、その恐怖から逃れるためにレスリングに没頭したと語っている。

脚注 編集

関連項目 編集

外部リンク 編集

初代
 
初代UFC世界ライト級(戴冠当時バンタム級)王者

2001年2月23日 - 2002年3月(返上)

空位
次タイトル獲得者
ショーン・シャーク

Wikipedia 編集

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