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ケン・シャムロック
本名 ケネス・ウェイン・キルパトリック
(Kenneth Wayne Kilpatrick)
通称 アルティメットヒーロー
最も危険な男
性別 男性
国籍 アメリカ合衆国
誕生日 1964年2月11日(53歳)
出身地 ジョージア州メイコン
身長 184cm
体重 92kg
リーチ
階級
スタイル プロレスキャッチ・アズ・キャッチ・キャン
所属 ライオンズ・デン

ケン・シャムロックKen Shamrock1964年2月11日 - )は、アメリカ合衆国総合格闘家プロレスラージョージア州メイコン出身。ライオンズ・デン主宰。初代パンクラス無差別級キング・オブ・パンクラシスト。

初期のリングネームは「ウェイン・シャムロック」。PRIDEUFC、WWE、TNA、パンクラスなどの団体に参戦経験を持つ。

総合格闘家のフランク・シャムロックは弟(戸籍上)だが、両名とも養子であり、血の繋がりはない。格闘家のロビー・キルパトリックは兄である。

来歴 編集

父親の影響で10歳からレスリングを始めた。アマチュアレスリングで活躍した後、ネルソン・ロイヤルが主宰していたレスリングスクールに入り、1989年にプロデビュー。1989年9月、全日本プロレスに初来日するも、新人でキャリアが浅かったことと、全日のファイトスタイルに適合しなかったため、評価は芳しくなく、週刊プロレスでかつて掲載されていた、外人レスラーの通信簿では10点満点の1点という最低の評価で、『ダメ外人レスラー』扱いされていた。

新日本プロレスに参戦した際、当時、藤原喜明が開いていた「関節技教室」(藤原道場)で、サブミッションを学び現在のスタイルの基礎ができあがっていく。同時期、この「関節技教室」には船木誠勝獣神サンダー・ライガーなども学びに来ている。

1990年10月、第2次UWFに参戦してからは、自身のファイトスタイルに適合したのか、見違えるようなファイトを見せるようになり、UWF崩壊後、藤原組を経てパンクラスに参戦。旗揚げ戦のメインイベントで船木誠勝と対戦し、肩固め(当時の報道ではスリーパーホールド)で勝利するなど、初期パンクラスでは外人エースとして活躍した。

1993年11月12日、UFCの第1回大会UFC 1のトーナメント準決勝でホイス・グレイシーと対戦し、チョークスリーパーで一本負け。

1995年4月7日のUFC 5でホイスとの再戦が行われ、30分+6分の延長戦の末、両者ドローとなった。

1997年2月24日、WWF(現・WWE)に「The World's Most Dangerous Man」(世界で最も危険な男)のニックネームでデビュー。同年12月7日、ショーン・マイケルズの持つWWF王座に挑戦するも、トリプルH乱入による反則勝ちとなり、規定により王座獲得ならず。1998年10月12日、8人トーナメントを制し、WWF・インターコンチネンタル王座を獲得。同年12月14日、ビッグ・ボスマンとのコンビでニュー・エイジ・アウトローズからWWF・世界タッグチーム王座を奪取。1999年にWWFを離れた。

2000年5月21日、PRIDE初参戦となったPRIDE GRANDPRIX 2000 決勝戦のスペシャルマッチでアレクサンダー大塚と対戦し、左フックでTKO勝ち。試合後に長々とマイクパフォーマンスをしたことから観客からブーイングを受けた。

2002年2月24日、PRIDE.19ドン・フライと対戦し、判定負け。フライとはUFC時代の禍根で犬猿の仲として有名だったが、試合後は健闘を称えあって握手した。

2002年11月22日、UFC 40のUFC世界ライトヘビー級タイトルマッチでティト・オーティズに挑戦。3R終了時に顔面の腫れと出血によるドクターストップ負けとなった[1]

2003年、ホイス・グレイシーとともにUFCの殿堂入りが決定し、11月21日のUFC 45で表彰式が行われ、透明なオクタゴン型の盾が授与された。同時にUFC公式サイトで投票されたUFC歴代人気ファイターベスト10が発表され、ランディ・クートゥアに次ぐ2位となった[2]

2005年10月23日、PRIDE.30桜庭和志と対戦し、右ストレートでKO負け。

2006年4月から6月にかけて放送されたリアリティ番組「The Ultimate Fighter 3」でティト・オーティズと共にコーチを務めた。

2006年7月8日および10月10日にティト・オーティズと対戦し、2試合とも1RにパウンドによるTKO負けを喫した。

2008年10月4日、EliteXCキンボ・スライスと対戦予定であったが、試合前のウォーミングアップでトレーニング・パートナーの頭がヒットし、目尻を6針縫う負傷をしたためドクターストップとなった[3]

2009年2月13日、ロス・クリフトンに一本勝ちを収めるも、後に禁止薬物の陽性反応が出たため、3月21日に予定されていたボビー・ラシュリーとの試合は中止となった。

人物 編集

息子のライアン・シャムロックも2007年8月25日に18歳で総合格闘家デビューを果たした。

戦績 編集

総合格闘技 戦績
43 試合 (T)KO 一本 判定 その他 引き分け 無効試合
27 2 23 2 0 2 0
14 8 4 2 0
勝敗 対戦相手 試合結果 イベント名 開催年月日
× ペドロ・ヒーゾ 1R 3:33 TKO(ローキック→パウンド) Impact FC 2 - The Uprising: Sydney 2010年7月18日
ロス・クリフトン 1R 1:00 腕ひしぎ十字固め WarGods/Ken Shamrock Productions: The Valentine's Eve Massacre 2009年2月13日
× ロバート・ベリー 1R 3:26 KO(右ストレート) Cage Rage 25: Bring it On 2008年3月8日
× ティト・オーティズ 1R 2:23 TKO(パウンド) Ortiz vs. Shamrock 3: The Final Chapter 2006年10月10日
× ティト・オーティズ 1R 1:18 TKO(パウンド) UFC 61: Bitter Rivals 2006年7月8日
× 桜庭和志 1R 2:27 KO(右ストレート) PRIDE.30 STARTING OVER 2005年10月23日
× リッチ・フランクリン 1R 2:42 TKO(打撃) The Ultimate Fighter 1 Finale 2005年4月9日
キモ 1R 1:26 KO(右膝蹴り) UFC 48: Payback 2004年6月19日
× ティト・オーティズ 3R終了時 TKO(ドクターストップ:顔面カット) UFC 40: Vendetta
【UFC世界ライトヘビー級タイトルマッチ】
2002年11月22日
× ドン・フライ 3R(10分/5分/5分)終了 判定1-2 PRIDE.19 2002年2月24日
サム・アドキンス 1R 1:26 チキンウィングアームロック WMMAA 1 - MegaFights 2001年8月10日
× 藤田和之 1R 6:46 TKO(タオル投入) PRIDE.10 2000年8月27日
アレクサンダー大塚 1R 9:43 TKO(左フック) PRIDE GRANDPRIX 2000 決勝戦
【スペシャルマッチ】
2000年5月21日
ブライアン・ジョンストン 5:48 前腕チョーク Ultimate Ultimate 1996
【1回戦】
1996年12月7日
× ダン・スバーン 30分終了 判定1-2 UFC 9: Motor City Madness 1996年5月17日
キモ 4:24 膝十字固め UFC 8: David vs. Goliath 1996年2月16日
高橋義生 20分1R終了 判定 パンクラス PANCRASE TOUR 1996 TRUTH 1996年1月28日
稲垣克臣 1R 3:19 肩固め パンクラス 1995 EYES OF BEAST 1995年12月14日
オレッグ・タクタロフ 30分+延長3分終了 ドロー UFC 7: The Brawl in Buffalo 1995年9月8日
ラリー・パパドポロス 1R 2:18 アキレス腱固め パンクラス 1995 EYES OF BEAST 1995年7月22日
ダン・スバーン 2:14 フロントチョーク UFC 6: Clash of The Titans 1995年7月14日
× 鈴木みのる 1R 2:14 膝十字固め パンクラス 1995 EYES OF BEAST
【キング・オブ・パンクラス タイトルマッチ】
1995年5月13日
ホイス・グレイシー 30分+延長6分終了 ドロー UFC 5: The Return of The Beast 1995年4月7日
バス・ルッテン 1R 1:01 膝十字固め パンクラス 1995 EYES OF BEAST
【キング・オブ・パンクラス タイトルマッチ】
1995年3月10日
リオン・ダイク 1R 4:45 ヒールホールド パンクラス 1995 EYES OF BEAST 1995年1月26日
山田学 30分1R終了 判定3-0 パンクラス 1994 ROAD TO THE CHAMPIONSHIP
【KING OF PANCRASE TOURNAMENT 決勝】
1994年12月17日
船木誠勝 1R 5:50 肩固め パンクラス 1994 ROAD TO THE CHAMPIONSHIP
【KING OF PANCRASE TOURNAMENT 準決勝】
1994年12月17日
モーリス・スミス 1R 4:23 チョークスリーパー パンクラス 1994 ROAD TO THE CHAMPIONSHIP
【KING OF PANCRASE TOURNAMENT 2回戦】
1994年12月16日
アレックス・クック 1R 1:31 ヒールホールド パンクラス 1994 ROAD TO THE CHAMPIONSHIP
【KING OF PANCRASE TOURNAMENT 1回戦】
1994年12月16日
冨宅祐輔 1R 3:13 チョークスリーパー パンクラス 1994 ROAD TO THE CHAMPIONSHIP 1994年10月15日
フェリックス・ミッチェル 4:34 チョークスリーパー UFC 3: The American Dream
【準決勝】
1994年9月9日
クリストフ・レニンガー 4:47 打撃 UFC 3: The American Dream
【1回戦】
1994年9月9日
× 船木誠勝 1R 2:30 チョークスリーパー パンクラス 1994 ROAD TO THE CHAMPIONSHIP 1994年9月1日
バス・ルッテン 1R 16:42 チョークスリーパー パンクラス 1994 ROAD TO THE CHAMPIONSHIP 1994年7月26日
マット・ヒューム 1R 5:50 アームロック パンクラス 1994 ROAD TO THE CHAMPIONSHIP 1994年7月6日
× フランク"アニマル"ロブマン 2R 2:25 KO(ローキック) パンクラス 1994 ROAD TO THE CHAMPIONSHIP 1994年5月31日
柳澤龍志 1R 7:30 ヒールホールド パンクラス 1994 PANCRASH! 1994年4月21日
× 鈴木みのる 1R 7:37 膝十字固め パンクラス 1994 PANCRASH! 1994年1月19日
アンドレ・フォン・デ・ウットラー 1R 1:04 アキレス腱固め パンクラス 1993 YES, WE ARE HYBRID WRESTLERS 1993年12月8日
× ホイス・グレイシー 0:57 チョークスリーパー UFC 1: The Beginning
【準決勝】
1993年11月12日
パトリック・スミス 1:49 ヒールホールド UFC 1: The Beginning
【1回戦】
1993年11月12日
冨宅祐輔 1R 0:44 チョークスリーパー パンクラス 1993 YES, WE ARE HYBRID WRESTLERS 1993年11月8日
高橋義生 1R 12:23 ヒールホールド パンクラス 1993 YES, WE ARE HYBRID WRESTLERS 1993年10月14日
船木誠勝 1R 6:15 肩固め パンクラス 1993 YES, WE ARE HYBRID WRESTLERS 1993年9月21日

獲得タイトル 編集

  • 初代パンクラス無差別級キング・オブ・パンクラシスト
  • UFCスーパーファイト王者
  • UFCホール・オブ・フェイム(殿堂入り)

脚注 編集

関連項目 編集

外部リンク 編集

初代
 
初代パンクラス無差別級王者

1994年12月17日 - 1995年5月13日

次王者
鈴木みのる

Wikipedia 編集

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