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エメリヤーエンコ・アレキサンダー
本名 アレクサンドル・ウラジーミロヴィチ・エメリャーニェンコ
(Aleksandr Vladimirovich Emelyanenko)
通称 刺青雷帝
サーシャ
性別 男性
国籍 ロシア
誕生日 1981年8月2日(35歳)
出身地 ベルゴロド州スタールイ・オスコル
身長 198cm
体重 115kg
リーチ
階級 ヘビー級
スタイル コンバットサンボ
所属 レッドデビル・スポーツクラブ
→フリー

エメリヤーエンコ・アレキサンダーEmelianenko Alexander1981年8月2日 - )は、ロシア連邦共和国ベルゴロド州出身の総合格闘家。フリー。ウクライナ出身の両親の元に生まれ、国籍はロシアだが、民族的にはロシア人ではなく、ウクライナ人である。

エメリヤーエンコ・ヒョードルの実弟。兄(182cm)を大きく上回る巨体(198cm)に、高いボクシングテクニックと身体能力を併せ持つ。序盤からアグレッシブに攻め込むファイトスタイルで、KO率も高い。ヒョードルも「近い将来、サーシャ(アレキサンダーの愛称)が一番の脅威となるであろう」と話す。

来歴 編集

2003年コンバットサンボ世界選手権アブソリュート級優勝、アマチュア・サンボ公式戦戦績10勝無敗の堂々の戦績があるが、それ以前の経歴に関しては、刑務所に収監されていたため、公式上は白紙である。

2003年10月5日、総合格闘技初参戦となったPRIDE 武士道アスエリオ・シウバ戦では、苦戦したものの終始試合をコントロールし僅差の判定で勝利。デビュー戦を白星で飾る。

2004年8月15日、総合4戦目ではミルコ・クロコップの左ハイキックでKO負け。「この敗戦は怒りを覚えるほど悔しかった」と本人が話すようにこの敗戦を機に、練習態度(そのほか諸々の意識など)を改め、ヒョードルに従いトレーニング内容も高度なものをこなすようになった。結果、以前よりも身体が絞り込まれ、スパーリングパートナーも驚くほどに、立ち技が上達したと言う[1][2]

2004年10月9日、M-1でのカーロス・バヘット戦では判定勝利。その後ジェームス・トンプソンヒカルド・モラエスレネ・ローゼといった巨漢との試合が続くも、すべての試合を30秒かからずKO勝利した。

2005年12月31日、「PRIDE 男祭り 2005」では、オリンピック柔道金メダリストのパウエル・ナツラをチョークスリーパーで破る。

2006年5月5日、PRIDE 無差別級グランプリ 2006 開幕戦のGP1回戦でジョシュ・バーネットと対戦。序盤は打撃で優勢に立つも、2Rにスタミナ切れを起こし、V1アームロックで一本負け。

2006年9月10日、PRIDE 無差別級グランプリ 2006 決勝戦のリザーブマッチで、かつてのチームメイトセルゲイ・ハリトーノフと対戦し、右ストレートでダウンを奪いグラウンドでの打撃でTKO勝ち。

2006年11月12日、オランダで開催された『2H2H』にてファブリシオ・ヴェウドゥムと対戦、1R早々にテイクダウンされ、そのまま肩固めで一本負け。

2007年4月14日、BodogFightに参戦、エリック・ペレに1RKO勝ち。

2007年10月19日、カナダで行われたHCFに参戦。ダン・ボビッシュと対戦し、フロントチョークで一本勝ち。

2008年7月19日に行われたAffliction: Bannedにてポール・ブエンテロと対戦予定であったが、大会前の血液検査の結果により出場停止となった。兄ヒョードルは「血液検査の結果により出場停止となったことは確かだが、詳細は分からない」とインタビューで答えている[3]

2009年、所属していたレッドデビルを離脱し、フリーとなった[4]。3月29日のProFCではかつての同門イブラヒム・マゴメドフと対戦し、カットによるTKO勝ちを収めた。

人物 編集

  • 非武装の強盗を働いた罪でロシアの刑務所で5年間服役する。
  • 刑務所内で彫ったといわれる刺青(死神が赤ん坊を抱いている図柄)から"刺青雷帝"と呼ばれる。
  • 2004年に結婚。2007年には子供も一人誕生している。

戦績 編集

総合格闘技 戦績
21 試合 (T)KO 一本 判定 その他 引き分け 無効試合
17 11 4 2 0 0 0
4 2 2 0 0
勝敗 対戦相手 試合結果 イベント名 開催年月日
× ピーター・グラハム 2R TKO(ローキック) Draka 5 2010年12月18日
ミオドラグ・ペトコヴィチ 1R 3:00 TKO(パンチ) APF: Azerbaijan vs. Europe2010年5月22日
エディ・ベンスン 1R 0:40 TKO(パンチ) ProFC: Commonwealth Cup2010年4月23日
イブラヒム・マゴメドフ 1R 0:51 TKO(カット) ProFC: Russia vs. Europe2009年3月29日
イ・サンス 1R 2:40 TKO(パウンド) M-1 Challenge 9: Russia2008年11月21日
シウバォン・サントス 1R 1:35 TKO(パンチ) M-1 Team Challenge 2008年4月3日
ダン・ボビッシュ 1R 1:09 ギロチンチョーク Hardcore Championship Fighting: Title Wave 2007年10月19日
ジェシー・ギブソン 1R アームロック M-1 Mix Fight Championship: Russia vs Europe 2007年7月21日
エリック・ペレ 1R 4:07 KO BodogFight: Clash of the Nations 2007年4月14日
× ファブリシオ・ヴェウドゥム 1R 肩固め 2 Hot 2 Handle: Pride&Honor 2006年11月12日
セルゲイ・ハリトーノフ 1R 6:45 TKO(パウンド) PRIDE 無差別級グランプリ 2006 決勝戦
【無差別級GP リザーブマッチ】
2006年9月10日
× ジョシュ・バーネット 2R 1:57 V1アームロック PRIDE 無差別級グランプリ 2006 開幕戦
【無差別級GP 1回戦】
2006年5月5日
パウエル・ナツラ 1R 8:45 チョークスリーパー PRIDE 男祭り 2005 頂-ITADAKI- 2005年12月31日
レネ・ローゼ 1R 0:28 KO(膝蹴り→パウンド) BUSHIDO Europe - ROTTERDAM RUMBLE 2005年10月9日
ヒカルド・モラエス 1R 0:15 KO(パンチ連打) PRIDE 武士道 -其の六- 2005年4月3日
ジェームス・トンプソン 1R 0:12 KO(左フック) PRIDE.28 2004年10月31日
カーロス・バヘット 判定 M-1 Mix Fight Championship: Middleweight GP
【ワンマッチ】
2004年10月9日
× ミルコ・クロコップ 1R 2:09 KO(左ハイキック) PRIDE GRANDPRIX 2004 決勝戦 2004年8月15日
マット・ザ・ツイン・タイガー 1R 3:16 チョークスリーパー PRIDE 武士道 -其の参- 2004年5月23日
アンジェロ・アラウージョ 2R 4:28 TKO(左目尻カット) INOKI BOM-BA-YE 2003 2003年12月31日
アスエリオ・シウバ 2R終了 判定2-1 PRIDE 武士道 2003年10月5日

脚注 編集

  1. 【PRIDE武士道】4.3 ヒョードル&アレキサンダーが意気込みを語る 格闘技ウェブマガジンGBR 2005年3月9日
  2. ヒョードル&アレキサンダー兄弟が来日 PRIDE公式サイト 2005年4月1日(Internet Archive)
  3. 「Affliction-2」に参戦したいですが、可能かどうかはまだ分かりません。 エメリヤーエンコ・ヒョードル公式サイト 2008年8月8日
  4. News archive: 2009 エメリヤーエンコ・アレキサンダー公式サイト 2009年3月3日

外部リンク 編集

Wikipedia 編集

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