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ウィリー・ウィリアムス
性別 男性
国籍 アメリカ合衆国
誕生日 1951年7月14日(66歳)
出身地 ノースカロライナ州
身長 196cm
体重 100kg
リーチ
階級
スタイル 極真空手
所属 極真会館

ウィリー・ウィリアムスWillie Williams1951年7月14日 - )は、アメリカ合衆国空手家(元極真会館所属)。ノースカロライナ州出身。

来歴 編集

極真会館コネチカット支部に入門。大山茂の指導を受ける。

1975年11月、第1回オープントーナメント全世界空手道選手権大会に出場。3回戦でハワード・コリンズ[1]に体重判定で敗退。

梶原一騎が極真空手を題材に製作した映画『地上最強のカラテPART2』で巨大なグリズリーと素手による戦いを披露し、“熊殺し”の異名を取った。後年、その際のことを「熊が檻から出てきた途端、周りにいたスタッフたちが一斉に遠くへ走り去ってしまったんだ。自分の空手には絶対の自信を持っていたけど、あの時はさすがに逃げ出したい気分になったよ」と語っている。

1979年11月、第2回全世界選手権では、準決勝で三瓶啓二に反則負けとなり、3位入賞となった。しかし、杉板による試割りでは正拳5枚、足刀6枚、手刀8枚、猿臂(肘)7枚の合計26枚を割り、当時山崎照朝が保持していた合計24枚の記録を更新した。

第2回全世界選手権前にウィリーは「プロレスこそ最強の格闘技」を標榜するアントニオ猪木に対し、“地上最強は極真カラテ”の思いから挑戦を表明した。しかし、大山倍達の「門下生の他流試合を禁止」という考えから、ウィリーは破門される。個人として猪木と対戦することになったウィリーだが、黒崎健時や大山茂が支援した。1980年2月27日、「格闘技世界一決定戦」(ウィリーはグローブを着用)で試合が組まれた。当日は“極真空手vsプロレス”の様相を呈し、両陣営の選手や関係者がリングサイドに陣取った。結果は4R1分24秒、両者がもつれたままリング下に転落。ドクターストップによる引き分けとなった。

破門を解かれ極真会館に復帰したウィリーは、1984年1月の第3回全世界選手権に出場。4回戦で田原敬三と再々延長まで戦うが判定5-0で敗退した。同年、大山茂がUSA大山空手を設立するとウィリーもそれに従い、極真会館から離脱した。そして、ウィリーは空手道選手を引退し、バスの運転手を本業として生活をしていた。

バスの運転手が本業であるウィリーだが、試合のオファーが入ると都度参戦するようになっていた。正道会館石井和義から参戦のオファーがあり、これは「USA大山空手vs正道空手5対5マッチ」の団体戦へ発展して、1991年6月4日に実施された。大将戦に参加したウィリーは佐竹雅昭と対戦し、判定負けを喫した。

1992年3月5日、リングス初参戦。ピーター・スミットにTKO勝ち。同年7月16日、リングスで前田日明と対戦。3R2分3秒、腕ひしぎ足固めで一本負け。リングスには1996年まで継続的に参戦した。

1997年1月4日、アントニオ猪木と「ファイナル・カウント・ダウン 6th」で再戦、この試合は互いの決め技(猪木=コブラツイスト、ウィリー=正拳突き)を相手に決めれば決着という特殊ルールで行なわれたが、猪木がコブラツイストを決めウィリーが敗北。

1999年11月23日、「FMW旗揚げ10周年記念大会」にて、BADBOY非道と対戦し、KO勝ちを収めた。

現在は完全に格闘家を引退、バスの運転手に専念している。

戦績 編集

総合格闘技 編集

総合格闘技 戦績
17 試合 (T)KO 一本 判定 その他 引き分け 無効試合
10 7 2 1 0 0 0
7 1 5 1 0
勝敗 対戦相手 試合結果 イベント名 開催年月日
× ニコライ・ズーエフ 7:55 腕ひしぎ十字固め リングス MAELSTROM 3rd ~RUSSIAN BATTLE MISSION~ 1996年5月25日
× ビターゼ・タリエル 9:04 KO リングス MAELSTROM 2nd 1996年4月26日
グロム・ザザ 6:47 KO リングス RISING SERIES SATSUKI 1995年5月20日
× ヴォルク・ハン 3:14 アキレス腱固め リングス FIGHTING NETWORK RINGS 1994 TOURNAMENT 3rd Round
【トーナメント 3回戦】
1994年10月22日
ピーター・ウラ 6:41 フロントスリーパー リングス FIGHTING NETWORK RINGS 1994 TOURNAMENT 2nd Round
【トーナメント 2回戦】
1994年10月22日
成瀬昌由 10:54 TKO(レフェリーストップ) リングス FIGHTING NETWORK RINGS 1994 RINGS IN ARIAKE 1994年6月18日
× 前田日明 2:38 腕ひしぎ十字固め リングス FIGHTING NETWORK RINGS 1994 RINGS IN SENDAI 1994年5月17日
× ディック・フライ 3分5R終了 判定 リングス BATTLE DIMENSION TOURNAMENT '93 1st Round 1993年10月23日
ディック・フライ 3分5R終了 判定 リングス BATTLE DIMENSION '93 格闘新次元 TOKYO BAY AREA CIRCUIT #3 ~前田日明デビュー15周年記念大会~ 1993年8月21日
ビターゼ・タリエル 3R 1:35 フロントフェースロック リングス BATTLE DIMENSION '93 格闘新次元 OSAKA METROPOLITAN CIRCUIT #2 1993年7月13日
× ヴォルク・ハン 11:46 アキレス腱固め リングス BATTLE DIMENSION '93 格闘新次元 TOKYO BAY AREA CIRCUIT #2 1992年7月16日
武南幸宏 2R 1:33 TKO リングス MEGA-BATTLE TOURNAMENT '92 2nd Round 1992年11月13日
× 前田日明 3R 2:03 腕ひしぎ足固め リングス MEGA BATTLE 6th. 颯~HAYATE 1992年7月16日
トム・フォン・マウリック 5:08 KO リングス MEGA BATTLE 5th. 獅子吼~SHI SHI KU 1992年6月25日
ビターゼ・アミラン 3R 2:07 KO リングス MEGA BATTLE 4th. 光臨~KOHRIN リングス旗揚げ1周年記念大会 1992年5月16日
長井満也 2R 1:13 KO リングス MEGA BATTLE 3rd. 雷~IKAZUCHI 1992年4月3日
ピーター・スミット 1R 2:50 TKO リングス MEGA-BATTLE 2nd. 息・吹~IBUKI 1992年3月5日

脚注 編集

  1. 『新・極真カラテ強豪100人(ゴング格闘技1月号増刊)』 日本スポーツ出版社、1997年、78-79頁

Wikipedia 編集

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