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アリスター・オーフレイム
本名 アリステア・セース・オーフェレーム
(Alistair Cees Overeem)
通称 ザ・リーム
ザ・デモリションマン
ダッチ・サイクロン
性別 男性
国籍 オランダ
誕生日 1980年5月17日(37歳)
出身地 イングランド
ハウンズロー
身長 195cm
体重 120kg
リーチ 207cm
階級 ヘビー級DREAM
ミドル級PRIDE
スタイル キックボクシング
所属 リングス・オランダ
ゴールデン・グローリー
エクストリーム・クートゥア
テーマ曲 I Gotta Feeling
(ブラック・アイド・ピーズ)

アリスター・オーフレイムAlistair Overeem1980年5月17日 - )は、オランダの総合格闘家、キックボクサー。エクストリーム・クートゥア所属。

日本でのニックネームは「ダッチ・サイクロン」であり、PRIDE時代に笹原圭一が考案した[1]。日本国外では「デモリションマン」(「破壊者」の意)と呼ばれる。日本における芸能活動のマネジメントはよしもとクリエイティブ・エージェンシーとなっている[2]

ヴァレンタイン・オーフレイムは実兄。

獲得タイトル 編集

ファイトスタイル 編集

破壊力とスピードを兼ね備えたストライカー。以前は大幅な減量のためにすぐにスタミナ切れを起こし、試合開始直後の数分間は攻撃的であるが、それを過ぎると途端に動きが悪くなることがあったがウェイトアップした現在では大幅に改善されてきている。また勝敗にかかわらず一本・KO決着が多く、長い手足を生かしたパンチと膝蹴りで多くのKOを奪い、得意の打撃を活かしてK-1ルールでも活躍している。K-1ルールの試合ではMMAルールの試合と同じように相手を投げ飛ばす反則を犯すことが多くあり、特にピーター・アーツ戦では故意に投げ技を連発したことで批判を浴びた。また、膝蹴りを得意としているがK-1ルールでは「首相撲からの膝蹴りは1回まで」と定められているが、エヴェルトン・テイシェイラ戦、ジャバット・ポトラック戦と2大会続けて首相撲に近い状態からの膝蹴りでKO勝ちしたため、「アリスターの反則負けではないか」という抗議を受けている(結果は覆らなかった)。サブミッションの技術にも長けており、特に腕力と体格を活かしたフロントチョークを得意技とする。2005年1月にはアブダビコンバット欧州予選では全試合ギロチンチョークで一本勝ちし、優勝した[3](2005年5月の世界大会はPRIDE専念を理由に欠場した[4])。

来歴 編集

ジャマイカ人の父親とオランダ人の母親の間にイングランド・ハウンズローで生まれ、6歳で両親が離婚すると母親・兄ヴァレンタインとともにオランダ・ユトレヒト州アメルスフォールトに移住。幼少期から柔道、陸上競技、バスケットボールなどのスポーツを経験し、15歳のとき、兄の紹介で、クリス・ドールマンの下で総合格闘技のトレーニングを開始した[5][6]

総合格闘技 編集

1999年10月28日、リングスKOKトーナメントで初来日。コーチキン・ユーリと対戦し、0-2の判定負けを喫した。

2000年ゴールデン・グローリーに加入。

2002年12月23日、PRIDE初参戦となった「PRIDE.24」でヴォルク・アターエフと対戦し、膝蹴りでKO勝ちを収めた。

2003年8月10日、「PRIDE GRANDPRIX 2003 開幕戦」のミドル級GP1回戦でチャック・リデルと対戦し、序盤は圧倒していたが、スタミナ切れで逆転KO負けを喫した。

2005年にPRIDEミドル級グランプリに参戦。1回戦でビクトー・ベウフォートを、2回戦でイゴール・ボブチャンチンをいずれもフロントチョークで破るが、準決勝ではマウリシオ・ショーグンにパウンドによるKO負けを喫した。

2006年2月26日、「PRIDE.31」でセルゲイ・ハリトーノフと対戦し、試合開始直後にテイクダウンを奪取。ここでハリトーノフは受身を取り損ねて肩を脱臼。最後はグラウンドでの膝蹴りの連打でTKO勝ちを収めた。

しかし、その後のPRIDEではファブリシオ・ヴェウドゥムアントニオ・ホジェリオ・ノゲイラヒカルド・アローナマウリシオ・ショーグンとブラジル人総合格闘家相手に4連敗。

2007年6月23日、IT'S SHOWTIME(K-1 WORLD GP 2007 IN AMSTERDAMと同時開催)でMMAルールの試合を行ない、マイケル・ナープに変形ギロチンチョークで一本勝ちを収めた。

2007年9月17日、HERO'Sに初参戦。かつてPRIDEのリングで勝利したセルゲイ・ハリトーノフと再戦したが、TKO負けを喫した。

2007年11月16日、初参戦となったStrikeforceポール・ブエンテロと対戦し、2R膝蹴りを腹に浴びせTKO勝ちを収め初代Strikeforce世界ヘビー級王座を獲得した。

2008年6月15日、DREAM初参戦となった「DREAM.4」でイ・テヒョンと対戦し、開始36秒、左膝蹴りでKO勝ち。試合後のリング上でミルコ・クロコップとの対戦を要求した。

2008年7月21日、「DREAM.5」でマーク・ハントと対戦し、開始1分11秒、V1アームロックで一本勝ち。試合後のリング上で再度クロコップとの対戦を要求した。

2008年9月23日、「DREAM.6」でミルコ・クロコップと対戦。試合開始早々からアリスターが優勢だったが、1R6分9秒にアリスターの偶発的なローブローによりミルコが試合続行不可能となりノーコンテストとなった。

2009年10月25日、DREAM初のケージ開催となった「DREAM.12」のメインイベントでジェームス・トンプソンと対戦し、開始33秒、フロントチョークで一本勝ち。試合後には「2010年4月にエメリヤーエンコ・ヒョードルと対戦したい」とコメントした[7]

2009年12月31日、「Dynamite!! ~勇気のチカラ2009~」の「DREAM vs SRC 対抗戦」で藤田和之と対戦し、左膝蹴りでKO勝ち。藤田はエプロンサイドから自力で起き上がれないほどのダメージであった。試合後の記者会見でエメリヤーエンコ・ヒョードルとの対戦を熱望した。

2010年5月15日、「Strikeforce: Heavy Artillery」のStrikeforce世界ヘビー級タイトルマッチでブレット・ロジャースと対戦し、マウントパンチでTKO勝ちを収め王座初防衛に成功した。

2010年12月31日、「Dynamite!! ~勇気のチカラ2010~」で行なわれたDREAMヘビー級暫定王座決定戦でトッド・ダフィーと対戦し、KO勝ちで暫定王座を獲得した。

2011年6月18日、「Strikeforce: Overeem vs. Werdum」で行なわれたStrikeforce World Grand Prix 1回戦でファブリシオ・ヴェウドゥムと対戦し、3-0の判定勝ちを収めた[8]

準決勝ではアントニオ・シウバと対戦予定であったが、試合日程の調整がつかず、8月にトーナメントを辞退し、Strikeforceからリリースされた。

2011年9月、UFCと契約し、12月30日の「UFC 141」でブロック・レスナーと対戦することが発表された。時期を同じくしてゴールデン・グローリーからエクストリーム・クートゥアに移籍した。

2011年12月30日、UFC初参戦となった「UFC 141」のメインイベントでブロック・レスナーと対戦し、左ミドルキックでダウンを奪ったところにパウンドで追撃しTKO勝ちを収めた[9]

キックボクシング 編集

2001年2月4日、K-1オランダ大会でエロル・パリスにKO負けを喫した。

2004年5月30日、一撃グラウベ・フェイトーザと一撃キックルールで対戦し、右アッパーで1RKO負けを喫した。

2008年12月31日、「Dynamite!! ~勇気のチカラ2008~」でバダ・ハリとK-1ルールで対戦し、左フックでKO勝ちを収めた。

2009年3月28日、「K-1 WORLD GP 2009 IN YOKOHAMA」のスーパーファイトにて昨年の王者レミー・ボンヤスキーとK-1ルールで対戦。1R、2Rとプレッシャーをかけペースを握るも、3Rにダウンを奪われ0-3の判定負けを喫した。

2009年9月26日、「K-1 WORLD GP 2009 IN SEOUL FINAL16」に推薦枠で出場。ピーター・アーツと対戦し、アーツの攻撃をくらいながらも怯むことなくパワーで圧倒して3-0の判定勝ちで準々決勝進出。しかし、試合中に何度も反則の投げ技を連発したことに批判が起きた。

2009年12月5日、「K-1 WORLD GP 2009 FINAL」に出場。準々決勝でエヴェルトン・テイシェイラに左膝蹴りで1RKO勝ち。続く準決勝では昨年の大晦日に対戦したバダ・ハリと再戦。1Rに2度のダウンを奪われKO負け。大会後、谷川貞治イベントプロデューサーはテイシェイラ戦で掴んでから膝蹴りを2回繰り出しKOしたことについてテイシェイラ陣営から「首相撲からの膝蹴りを2回やったのだからアリスターの反則負けだ」という抗議を受けたことについて、「反則ギリギリだと思います。掴んだまま2回の攻撃はダメなんで、微妙です。」とコメントした[10]。その一方、角田信朗は自身のブログで「二発の膝の間に間違いなく首相撲状態は一瞬解除されてるんであれは反則ではありません」と見解を載せている[11]

2010年4月3日、「K-1 WORLD GP 2010 IN YOKOHAMA」でジャバット・ポトラックと対戦し、右膝蹴りでKO勝ち。しかし、またしても首相撲からの膝蹴りだという抗議がポトラック陣営から寄せられたが、結果は覆らなかった。

2010年10月2日、「K-1 WORLD GP 2010 IN SEOUL FINAL16」でベン・エドワーズと対戦し、3度のダウンを奪いKO勝ちを収めた。

2010年12月11日、「K-1 WORLD GP 2010 FINAL」で準々決勝のタイロン・スポーン戦で序盤やや苦しんだものの、徐々にペースを掴んで3-0の判定勝ち。準決勝のグーカン・サキ戦はオーフレイムの左ミドルキックでサキが右肘を負傷、試合続行不可能となりKO勝ち。決勝のピーター・アーツでは開始1分でKO勝ちを収め優勝した。

人物 編集

  • 身の丈ほどもある巨大な「木製のハンマー」を会見や試合の入場時に持参することも有名である。本人はハンマーについて「デモリッションマンとして何でも破壊する自分のキャラクターのイメージ」だと語っている[12]
  • DREAM.6」でのミルコ戦の直後にリングに上がったバダ・ハリが「今日は抱き合ったりキスしたりするのしか見ていない。」と総合格闘技そのものを否定するような発言をし、更には観客に「本物の闘いが見たければK-1に来い」と発言したことについてアリスターは「俺はMMAファイターだが、K-1をリスペクトしているのに、なぜ奴にはMMAをリスペクトする気持ちが無いんだ!」と激怒した。その3か月後の「Dynamite!! ~勇気のチカラ2008~」にてK-1ルールでハリとの対戦が決定した際、アリスターは自身の公式サイトで「2009年早々にMMAルールで再戦することにも合意した」と発表した(DREAMの笹原圭一、K-1の谷川貞治、ハリ陣営はその契約を否定)。そして大晦日の対戦ではアリスターがKO勝利を収めた。大会後にアリスターはハリについて「ハリ戦は作戦を立てていてそれが上手くハマった。俺たちはハリを過小評価していたわけじゃないよ。彼はイージーなレベルのファイターじゃない。バダ・ハリは良い選手だと思うよ。俺のように常にKOを狙うファイターだし、それは観客も望んでいるしね。」とハリの実力を認めている一方で、「ただし団体とハリのマネージャーが彼のことをダメにしている。バダ・ハリは最近5試合は毎回のようにダウンしていて、K-1 WORLD GP決勝で3試合も戦ってから3週間しか経っていないのに俺と戦わされたんだから、ハリのマネージャーもバカだったと思うよ。それにバッドボーイのイメージが先行しすぎている。ピーター・グラハムとの乱闘、「K-1 WORLD GP 2008 FINAL」でのレミー・ボンヤスキーへの反則の踏みつけ行為、MMAファイターをバカにした態度。おかげで誰もがさいたまスーパーアリーナで彼がKOされたのを喜んでいた。試合数の多さも問題だしダウンの数も多い」と指摘し、「ハリと彼のマネージャーはMMAルールで再戦する約束を守ろうとしないのも良くない」とコメントしている[13]
  • 2009年のK-1本格参戦時に前年にバダ・ハリにK-1ルールで勝ったことに加えて「K-1は素晴らしいスポーツだが、MMAこそが最強だ。MMAに比べたらK-1は楽だ」と語ったことから「K-1史上最強の外敵」と言われた[14]。しかし次第に「K-1のことは好きだし、K-1の選手としてここ(K-1 WORLD GP 2009 FINALの前日会見)にいる」(2009年12月)[15]、「K-1に対して本気になれた。K-1が好きだね。俺はK-1選手であり、MMAの選手でもある」(2010年4月)と語るなどK-1にも愛着を持つようになった。
  • K-1 WORLD GP 2008 FINAL」における決勝戦でのレミー・ボンヤスキー vs. バダ・ハリ戦でのレミーを批判[16]。レミーとの対戦を控えた「K-1 WORLD GP 2009 IN YOKOHAMA」の前日会見ではレミーの演技に対する皮肉を込めてオスカー像のレプリカをレミーにプレゼントするパフォーマンスを見せた[17]
  • 前述のレミー・ボンヤスキー戦の前日会見において、アリスターのパフォーマンスの直後にはレミーから直接「君は筋肉を作るためにずいぶんドラッグを飲んでいるようだが、ここで僕はアンチ・ドーピングを主張させてもらうよ」と挑発された。これに対しアリスターは「オランダはドラッグにリベラルな国なんだ」と笑顔で応じた。
  • 2009年4月、兄のヴァレンタイン・オーフレイムと共にオランダのダンスクラブに遊びに出かけた際、兄のヴァレンタインが小銭を持っていなかったためトイレのチップをトイレウーマンに払えず、口論の末にセキュリティガードに無理やり強制退場させられた。その際セキュリティガードがヴァレンタインの頭を懐中電灯で殴打した上に3人がかりで襲い掛かったため、兄を助けようとしたアリスターによってセキュリティガード5人が病院送りとなった。オーフレイム兄弟は逮捕されたが、セキュリティガード側に問題があったため、5人のうちの1人はダンスクラブを解雇され、オーフレイム兄弟はすぐに釈放された。しかし、この際にアリスターは拳を負傷し、その傷口からバイ菌が入ってしまい、手を切断する寸前の状態にまで悪化したため、6月と8月に予定していたStrikeforce世界ヘビー級王座の防衛戦をキャンセルすることになった[18]
  • 2009年3月までは「Anthem 2004」を入場曲に使用していた。

戦績 編集

総合格闘技 編集

総合格闘技 戦績
48 試合 (T)KO 一本 判定 その他 引き分け 無効試合
36 15 19 2 0 0 1
11 6 2 3 0
勝敗 対戦相手 試合結果 イベント名 開催年月日
ブロック・レスナー 1R 2:26 TKO(左ミドルキック→パウンド) UFC 141: Lesnar vs. Overeem 2011年12月30日
ファブリシオ・ヴェウドゥム 5分3R終了 判定3-0 Strikeforce: Overeem vs. Werdum
【Strikeforce World Grand Prix 1回戦】
2011年6月18日
トッド・ダフィー 1R 0:19 KO(左膝蹴り→右フック) Dynamite!! ~勇気のチカラ2010~
【DREAMヘビー級暫定王座決定戦】
2010年12月31日
ブレット・ロジャース 1R 3:40 TKO(マウントパンチ) Strikeforce: Heavy Artillery
【Strikeforce世界ヘビー級タイトルマッチ】
2010年5月15日
藤田和之 1R 1:15 KO(左膝蹴り) Dynamite!! ~勇気のチカラ2009~ 2009年12月31日
ジェームス・トンプソン 1R 0:33 フロントチョーク DREAM.12 2009年10月25日
トニー・シルヴェスター 1R 1:23 フロントチョーク GLORY 11: A Decade of Fights 2009年10月17日
ゲーリー・グッドリッジ 1R 1:47 チキンウィングアームロック GLORY 10: The Battle of Arnhem 2008年11月9日
ミルコ・クロコップ 1R 6:09 ノーコンテスト(ローブロー) DREAM.6 ミドル級グランプリ2008 決勝戦 2008年9月23日
マーク・ハント 1R 1:11 V1アームロック DREAM.5 ライト級グランプリ2008 決勝戦 2008年7月21日
イ・テヒョン 1R 0:36 KO(左膝蹴り) DREAM.4 ミドル級グランプリ2008 2nd Round 2008年6月15日
ポール・ブエンテロ 2R 3:42 TKO(膝蹴り) Strikeforce: Four Men Enter, One Man Survives
【Strikeforce世界ヘビー級王座決定戦】
2007年11月16日
× セルゲイ・ハリトーノフ 1R 4:21 TKO(スタンドパンチ連打) HERO'S 2007 ~ミドル級世界王者決定トーナメント決勝戦~ 2007年9月17日
マイケル・ナープ 1R 3:29 変形ギロチンチョーク It's Showtime(K-1 WORLD GP 2006 in AMSTERDAM) 2007年6月23日
× マウリシオ・ショーグン 1R 3:27 TKO(パウンド) PRIDE.33 "THE SECOND COMING" 2007年2月24日
× ヒカルド・アローナ 1R 4:28 タップアウト(パウンド) PRIDE 無差別級グランプリ 2006 決勝戦 2006年9月10日
× アントニオ・ホジェリオ・ノゲイラ 2R 2:13 TKO(タオル投入) PRIDE 無差別級グランプリ 2006 2nd ROUND 2006年7月1日
ビクトー・ベウフォート 5分3R終了 判定3-0 Strikeforce: Revenge 2006年6月9日
× ファブリシオ・ヴェウドゥム 2R 3:43 チキンウィングアームロック PRIDE 無差別級グランプリ 2006 開幕戦
【無差別級GP 1回戦】
2006年5月5日
サンジン・カドゥンク 1R 1:42 腕ひしぎ十字固め WCFC - No Guts No Glory 2006年3月18日
セルゲイ・ハリトーノフ 1R 5:13 TKO(グラウンドでの膝蹴り) PRIDE.31 Dreamers 2006年2月26日
× マウリシオ・ショーグン 1R 6:42 TKO(パウンド) PRIDE GRANDPRIX 2005 決勝戦
【ミドル級GP 準決勝】
2005年8月28日
イゴール・ボブチャンチン 1R 1:20 フロントチョーク PRIDE GRANDPRIX 2005 2nd ROUND
【ミドル級GP 2回戦】
2005年6月26日
ビクトー・ベウフォート 1R 9:36 フロントチョーク PRIDE GRANDPRIX 2005 開幕戦
【ミドル級GP 1回戦】
2005年4月23日
× アントニオ・ホジェリオ・ノゲイラ 3R(10分/5分/5分)終了 判定0-3 PRIDE.29 SURVIVAL 2005年2月20日
金原弘光 2R 3:52 TKO(カット) PRIDE.28 2004年10月31日
ロドニー・ファベイラス 1R ギロチンチョーク 2 Hot 2 Handle 2004年10月10日
橋本友彦 1R 0:36 TKO(左膝蹴り) INOKI BOM-BA-YE 2003 2003年12月31日
× チャック・リデル 1R 3:09 KO(左フック) PRIDE GRANDPRIX 2003 開幕戦
【ミドル級GP 1回戦】
2003年8月10日
マイク・バットマン・ベンチッチ 1R 3:44 TKO(パウンド)PRIDE.26 REBORN 2003年6月8日
アーロン・ブリンク 1R 0:53 チョークスリーパー 2 Hot 2 Handle - Simply the Best 6 2003年3月16日
ヴォルク・アターエフ 2R 4:59 KO(膝蹴り) PRIDE.24 2002年12月23日
デイブ・ベイダー 2R TKO(ドクターストップ) 2 Hot 2 Handle - Simply the Best 5
【決勝】
2002年10月13日
モイス・リンボン 1R 1:03 チョークスリーパー 2 Hot 2 Handle - Simply the Best 5
【1回戦】
2002年10月13日
今村雄介 1R 0:44 TKO(パウンド) THE BEST Vol.2 2002年7月20日
ヴェッサ・ヴオリ 1R 2:15 TKO(パンチ連打) 2 Hot 2 Handle - Germany 2002年5月26日
セルゲイ・カズノフスキー 1R 3:37 アームロック M-1 MFC - Russia vs the World 3 2002年4月26日
ローマン・ゼンツォフ 1R V1アームロック 2 Hot 2 Handle - Simply the Best 4 2002年3月17日
スタスナシック 1R 0:53 TKO(膝蹴り) 2 Hot 2 Handle - Simply The Best 2 2001年3月18日
ウラジミール・チャントゥーリア 1R 1:06 チョークスリーパー リングス KING OF KINGS 2000 GRAND FINAL 2001年2月24日
ピーター・フェルスキューレン 1R 1:06 アームロック It's Showtime - Christmas Edition 2000年12月12日
× ボビー・ホフマン 1R 9:39 KO(右フック) リングス MILLENNIUM COMBINE II 2000年6月15日
× コーチキン・ユーリ 5分2R終了 判定 リングス・ロシア 2000年5月20日
滑川康仁 1R 0:45 腕ひしぎ十字固め リングス MILLENNIUM COMBINE 2000年4月20日
カン・サヒンバス 1R 2:21 KO(膝蹴り) 2 Hot 2 Handle 2000年3月5日
クリス・ワッツ 1R 3:58 TKO(3ダウン:右膝蹴り) リングス・オランダ There Can Only Be One Champion 2000年2月6日
× コーチキン・ユーリ 5分2R終了 判定0-2 リングス ワールドメガバトルオープントーナメントKING of KINGS
【トーナメントAブロック1回戦】
1999年10月28日
リカルド・フィエート 1R ギロチンチョーク It's Showtime 1999年10月24日

キックボクシング 編集

キックボクシング 戦績
14試合 (T)KO 判定 その他 引き分け 無効試合
107 3 0 0 0
43 1 0
勝敗 対戦相手 試合結果 イベント名 開催年月日
ピーター・アーツ 1R 1:07 KO(パンチ連打) K-1 WORLD GP 2010 FINAL
【WORLD GP 決勝】
2010年12月11日
グーカン・サキ 1R 2:33 KO(左ミドルキック) K-1 WORLD GP 2010 FINAL
【WORLD GP 準決勝】
2010年12月11日
タイロン・スポーン 3R終了 判定3-0 K-1 WORLD GP 2010 FINAL
【WORLD GP 準々決勝】
2010年12月11日
ベン・エドワーズ 1R 2:08 KO(パンチ連打) K-1 WORLD GP 2010 IN SEOUL FINAL16
【1回戦】
2010年10月2日
ジャバット・ポトラック 1R 2:40 KO(右膝蹴り) K-1 WORLD GP 2010 IN YOKOHAMA 2010年4月3日
× バダ・ハリ 1R 2:14 KO(左ハイキック) K-1 WORLD GP 2009 FINAL
【準決勝】
2009年12月5日
エヴェルトン・テイシェイラ 1R 1:06 KO(左膝蹴り) K-1 WORLD GP 2009 FINAL
【準々決勝】
2009年12月5日
ピーター・アーツ 3R終了 判定3-0 K-1 WORLD GP 2009 IN SEOUL FINAL16
【1回戦】
2009年9月26日
× レミー・ボンヤスキー 3R終了 判定0-3 K-1 WORLD GP 2009 IN YOKOHAMA 2009年3月28日
バダ・ハリ 1R 2:02 KO(左フック) Dynamite!! ~勇気のチカラ2008~【K-1ルール】 2008年12月31日
ユルゲン・ドルチ 1R 0:55 TKO Ultimate Glory 3 Upside Down
【ムエタイルール】
2007年5月20日
× グラウベ・フェイトーザ 1R 2:13 KO(右アッパー) 一撃 ~極真 vs K-1 全面対抗戦~
【一撃キックルール】
2004年5月30日
× エロル・パリス 3R TKO(レフェリーストップ) K-1 World Grand Prix 2001 Preliminary Holland
【1回戦】
2001年2月4日
ポール・ホーディージュック 3R終了 判定 Thaiboxing Event from Veenendaal 1999年3月14日

脚注 編集

  1. 坂の上の不毛地帯 DREAMイベントプロデューサー 笹原圭一オフィシャルブログ 2009年12月2日
  2. 【ニュース】K-1王者アリスター、よしもとと独占契約!お笑い挑戦にも意欲満々 格闘技ウェブマガジンGBR 2010年12月24日
  3. [アブダビコンバット] 1.22 欧州予選:アリスターが-99kg級優勝 BoutReview 2005年1月24日
  4. アリスター、PRIDE GP専念のため欠場 BoutReview 2005年4月25日
  5. オフィシャルサイト
  6. これぞリアル・ヘビー級マッチ!=UFC141 スポーツナビ 2011年12月28日
  7. DREAM.12 第9試合 スポーツナビ 2009年10月26日
  8. 【Strikeforce】アリスターvsベルドゥムは全く噛み合わず MMAPLANET 2011年6月19日
  9. 【UFC141】アリスターが完勝、レスナーは引退発言 MMAPLANET 2011年12月31日
  10. K-1 WORLD GP 2009 FINAL 谷川貞治イベントプロデューサーのコメント K-1公式サイト 2009年12月5日
  11. シュルト優勝 角田信朗オフィシャルブログ 2009年12月6日
  12. MMA THE BEST Vol.2 第6試合 スポーツナビ
  13. Rogue Magazine スポーツナビ
  14. 【K-1】4・3アリスターがシュルト戦拒否の真相、アル中から立ち直ったイグナショフ 格闘技ウェブマガジンGBR 2010年3月6日
  15. 【K-1】12・5一触即発!激しい舌戦!前日会見は超ピリピリムード 格闘技ウェブマガジンGBR 2009年12月4日
  16. アリスターが毒舌「タニカワをイラッとさせる」 K-1公式サイト 2009年3月9日
  17. 絶対王者が緊急参戦!!シュルトのK-1愛を見よ K-1公式サイト 2009年3月26日
  18. The Overeem Brothers Street Brawl MMA cube

関連項目 編集

外部リンク 編集

テンプレート:K-1 WORLD GP歴代王者

初代
 
初代Strikeforce世界ヘビー級王者

2007年11月16日 - 現在

次王者
 
前王者
 
DREAMヘビー級暫定王者

2010年12月31日 - 現在

次王者
 

Wikipedia 編集

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使用された記事はアリスター・オーフレイムにあり、その著作権者のリストはページの履歴に記録されています。

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