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アマラ忍
本名 ツグト・アマラバヤサガラン
通称 モンゴリアンハリケーン
性別 男性
国籍 モンゴル
誕生日 1979年11月20日(37歳)
出身地 ダルハン市
身長 171cm
体重 68.2kg
リーチ
階級 ミドル級K-1
スタイル キックボクシング
空手
所属 極真会館
→東金ジム
→高橋道場
→フリー
→チーム忍

アマラ忍(アマラ しのぶ、1979年11月20日 - )は、モンゴルキックボクサー。本名はツグト・アマラバヤサガランЦогтын Амарбаясгалан)。ダルハン市出身。

リングネームをたびたび変更している。千葉忍花戸忍白鳥忍アマラ忍と変更し、K-1では、"SHINOBU"ツグト・アマラツグト"忍"アマラと表記されている。

獲得タイトル 編集

来歴 編集

15歳の頃に極真会館に入門。18歳の時に極真空手の国内大会のクラス別で優勝。19歳の時にはモンゴル空手で優勝。

2001年4月、来日。

2001年5月4日、マーシャルアーツ日本キックボクシング連盟千葉忍というリングネームでプロデビューし、1R1分30秒でKO勝ちを収めた。

リングネームを花戸忍に改名。

2002年3月30日、KING COMBAT 2002 60kgトーナメントに出場し優勝。

2002年4月28日、後楽園ホール大会でファイティング前沢にKO勝ちを果たし、デビューから1年を待たずにマーシャルアーツ日本キックボクシング連盟スーパーフェザー級王者になる。その後、所属していた東金ジムから高橋道場に移籍。

2002年6月16日、全日本キックボクシング連盟のデビュー戦(兼全日本ライト級ランキング戦)で砂田将祈と戦う。

その後も連勝を続けるが、2003年5月23日のライト級最強決定トーナメントの決勝で、バッティングによるTKO負けを喫した。さらに、同年9月27日の試合で額陥没骨折し、長期欠場を余儀なくされる。

リングネームを白鳥忍に改名。

2004年4月13日、山本真弘と復帰戦を行ない、判定勝ちを収めた。

2004年6月18日のライト級最強決定トーナメントで優勝。

2005年1月4日、サトルヴァシコバと対戦し、判定勝ち。全日本キックライト級王者となった。

2006年1月9日、喜入衆と対戦し、TKO勝ち。12連勝を飾る。

2006年1月14日、リングネームをアマラ忍に改名した。

2006年4月5日、K-1 WORLD MAX 2006 世界一決定トーナメント開幕戦に「"SHINOBU" ツグト・アマラ」というリングネームで出場し、アンディ・サワーと対戦。判定で敗れはしたが、王者相手に一歩も引くこともなく戦った。

2007年2月5日、K-1 WORLD MAX 日本代表決定トーナメントでブアカーオ・ポー.プラムックと対戦し、判定負けを喫した。

2007年4月4日、K-1 WORLD MAX 世界最終選抜でジャダンバ・ナラントンガラグと対戦し、判定勝ち。これがK-1初勝利となった。

2007年6月28日、K-1 WORLD MAX 世界一決定トーナメント開幕戦で小比類巻貴之と対戦し、判定負けを喫した。

2007年9月19日、母国モンゴルで格闘技イベント「IMPERIAL ~帝国~」を主催した。

2008年2月29日、J-NETWORK「Let's Kick with J 1st」で小宮由紀博と対戦し、判定負けを喫した。

2008年5月23日、母国モンゴルで格闘技イベント「IMPERIAL」第2回興行を主催し、自身は白虎とエキシビションマッチを行なった。

2008年12月9日、「IMPERIAL」を主催し、自身はWPMFスーパーライト級タイトルマッチでカンパム・サントーイーズーと対戦し、3-0の判定勝ちを収めた[1]

2009年3月29日、R.I.S.E. 53で菅原勇介と対戦し、2-0の判定勝ちを収めた[2]

戦績 編集

キックボクシング 戦績
43試合 (T)KO 判定 その他 引き分け 無効試合
3311 0 0
10
勝敗 対戦相手 試合結果 イベント名 開催年月日
× トンラート 判定 World Kings Of Muay-Thai Contend for Hegemony - LETS FIGHT II 2009年12月3日
菅原勇介 3R終了 判定2-0 R.I.S.E. 53 2009年3月29日
× アタチャイ・フェアテックス 5R終了 判定0-3 ムエローク Japan 2009 ~最大最強のムエタイ祭り~ 2009年1月18日
カンパム・サントーイーズー 判定3-0 IMPERIAL~帝国~
【WPMFスーパーライト級タイトルマッチ】
2008年12月9日
石毛慎也 4R終了時 TKO(ドクターストップ:カット) M-1 FAIRTEX SINGHA BEER ムエタイチャレンジ
「Legend of elbows 2008 ~MIND~」
2008年6月8日
× 小宮由紀博 3R終了 判定0-2 J-NETWORK「Let's Kick with J 1st」 2008年2月29日
× 小比類巻貴之 3R終了 判定0-3 K-1 WORLD MAX 2007 ~世界一決定トーナメント開幕戦~ 2007年6月28日
ジャダンバ・ナラントンガラグ 3R終了 判定3-0 K-1 WORLD MAX 2007 ~世界最終選抜~ 2007年4月4日
× ブアカーオ・ポー.プラムック 3R終了 判定0-3 K-1 WORLD MAX 2007 ~日本代表決定トーナメント~ 2007年2月5日
× アタポン・フェアテックス 5R終了 判定 スッグペッティンディー(ルンピニー・スタジアム) 2006年12月22日
× ジョーダン・タイ 3R終了 判定0-3 K-1 WORLD MAX 2006 ~世界王者対抗戦~ 2006年9月4日
× 菊池浩一 5R終了 判定0-2 SHOOT BOXING 2006 NEO ΟΡΘΡΟΖ Series 4th 2006年7月7日
× アンディ・サワー 延長R終了 判定0-3 K-1 WORLD MAX 2006 ~世界一決定トーナメント開幕戦~ 2006年4月5日
喜入衆 5R 1:19 TKO(ドクターストップ、鼻柱カット) J-NETWORK「GO! GO! J-NET '06 ~Light my fire!~」 2006年1月9日
キム・ヨンサン 3R 1:19 KO(パンチ連打) 全日本キックボクシング連盟
「Rock'n Roll☆U5 FIGHT☆Hill it!」
2005年11月5日
ホン・ヒョーシク 3R終了 判定3-0 マーシャルアーツ日本キックボクシング連盟
「DETERMINATION≪決心≫7 KICK GUTS 2005」
2005年8月14日
西山誠人 5R終了 判定3-0 マーシャルアーツ日本キックボクシング連盟
「DETERMINATION≪決心≫5 ~戦場の虎~」
2005年6月24日
湟川満正 再延長R終了 判定3-0 全日本キックボクシング連盟「NEVER GIVE UP」 2005年4月17日
サトルヴァシコバ 5R終了 判定3-0 全日本キックボクシング連盟「SURVIVOR」
【全日本ライト級王座決定戦】
2005年1月4日
凱斗亮羽 3R 1:55 KO(3ノックダウン:膝蹴り) 全日本キックボクシング連盟「The Championship」 2004年11月19日
マリオス・カラリス 3R 0:13 KO(右ハイキック) 全日本キックボクシング連盟「DANGER ZONE」 2004年9月23日
サムゴー・ギャットモンテープ 再延長R終了 判定3-0 全日本キックボクシング連盟
「~全日本ライト級最強決定トーナメント2004/FINAL STAGE~」
【決勝】
2004年6月18日
吉本光志 5R終了 判定3-0 全日本キックボクシング連盟
「~全日本ライト級最強決定トーナメント2004/FINAL STAGE~」
【準決勝】
2004年6月18日
南雲裕一 3R終了 判定3-0 マーシャルアーツ日本キックボクシング連盟
「東金ジム26th anniversary SUPREME-3 ~戦場の虎~」
2004年5月9日
山本真弘 3R終了 判定2-0 全日本キックボクシング連盟
「全日本ライト級最強決定トーナメント2004/2nd STAGE」
【2回戦】
2004年4月16日
× ゴーンピポップ・ペッティンディー 5R終了 判定0-3 全日本キックボクシング連盟「KNOCK DOWN」 2003年9月27日
× 大月晴明 2R 0:37 TKO(ドクターストップ、左瞼カット) 全日本キックボクシング連盟
「全日本ライト級最強決定トーナメント ~決勝戦~」
【決勝】
2003年5月23日
小林聡 3R終了 判定2-0 全日本キックボクシング連盟
「全日本ライト級最強決定トーナメント ~決勝戦~」
【準決勝】
2003年5月23日
山本優弥 延長R終了 判定2-0 全日本キックボクシング連盟
「全日本ライト級最強決定トーナメント」
【1回戦】
2003年3月8日
大宮司進 2R 2:34 KO(3ノックダウン:左ハイキック) 全日本キックボクシング連盟「BACK FROM HELL-II」 2002年12月8日
蔵満誠 5R終了 判定3-0 全日本キックボクシング連盟「GOLDEN TRIGGER」 2002年9月6日
砂田将祈 5R終了 判定3-0 全日本キックボクシング連盟「Who's Next 02」 2002年6月16日
ファイティング前沢 5R 2:07 KO(ボディフック) マーシャルアーツ日本キックボクシング連盟
「最強を求めて!「出陣・決戦」」
【MA日本スーパーフェザー級タイトルマッチ】
2002年4月28日
ラビット関 3R終了 判定3-0 マーシャルアーツ日本キックボクシング連盟
「KING COMBAT-2002 - KICK BOXING 60kg TOURNAMENT 日本最強決定戦」
【決勝】
2002年3月30日
梅下湧暉 3R 0:38 KO(ミドルキック連打) マーシャルアーツ日本キックボクシング連盟
「KING COMBAT-2002 - KICK BOXING 60kg TOURNAMENT 日本最強決定戦」
【準決勝】
2002年3月30日
大宮司進 3R終了 判定3-0 マーシャルアーツ日本キックボクシング連盟
「KING COMBAT-2002 - KICK BOXING 60kg TOURNAMENT 日本最強決定戦」
【1回戦】
2002年3月30日
カズ工藤 5R終了 判定3-0 マーシャルアーツ日本キックボクシング連盟(士道館)
「新春正月興行」
2002年1月18日
天野哲成 5R終了 判定3-0 マーシャルアーツ日本キックボクシング連盟
「ADVANCE-1」
2001年11月3日
きんぞ~ 4R終了 判定3-0 マーシャルアーツ日本キックボクシング連盟
「ODYSSEY-4」
2001年9月29日
室崎剛将 4R終了 判定3-0 マーシャルアーツ日本キックボクシング連盟
「キック ガッツ 2001」
2001年7月13日
北野裕治 2R 1:58 KO ドリームプロデュース 真昼の決闘 2001年6月24日
高久雅裕 1R 1:17 KO マーシャルアーツ日本キックボクシング連盟
「最強を求めて!世界制覇」
2001年5月20日
池谷二郎 1R 1:30 KO マーシャルアーツ日本キックボクシング連盟 2001年5月4日
この戦績は未完です。

脚注 編集

関連項目 編集

外部リンク 編集

Wikipedia 編集

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